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『ひこうき雲』――ユーミンのアルバム(by 3 songs) [ユーミン]

ぼくが初めてユーミンを聴いたのは、おそらく…1973年の秋だったと思う。
深夜放送だったか夜の遅い番組だったか――いずれにしても夜のラジオ番組で、ぼくは明かりを落とした部屋で暗い天井をぼんやり眺めていた。
ディスク・ジョッキーが「キャラメル・ママ」といったのであわててラジオに耳を傾けると、まだ少女といえる年齢の新人をキャラメル・ママが全面的にバック・アップしているというような話だった。

流れてきた「きっと言える」という曲はそれほど才気溢れるという感じではなかったが、やや不安定だけれど清楚な歌声と間奏のテナー・サックスがやけに印象的で、とりあえずぼくは「アライ・ユミ」という名前を脳裏に刻みつけた。

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1st アルバム『ひこうき雲』は1973年11月20日のリリース。
帯のコピーが「魔女か! スーパー・レディか! 新感覚派・荒井由実 登場!!」というものだったことは以前の記事に書いた。

19歳の才能溢れる少女を売り出すコピーが「魔女か!」はないと思うが、写真を廃して楽譜をイメージした地味だけれども上品なジャケットと「新感覚派」というフレーズ、そして1曲めに「ひこうき雲」をもってくるという構成には、プロデューサー村井邦彦の戦略もあったのだと思う。

ジャケットの仕様などは上のリンク先の記事に書いているので、参照していただきたい。

A-1 ひこうき雲

2nd シングル「きっと言える」のカップリング曲としてアルバムより先に世に出たが、記念すべきデビュー・アルバムの冒頭の曲としてのイメージが定着していると思う。

ユーミンの弾くピアノと松任谷正隆のキーボード、林立夫のドラムスと細野晴臣のベースというきわめてシンプルなバックがゆったりとしたリズムを刻み、そこにユーミンの清楚で飾らない歌声が響いてゆく。

それにしてもこの位置に挽歌(ばんか:死者を悼む歌)をもってくる構成というのは大胆というしかない。
しかしアルバムのオープニングとエンディングに2つのヴァージョンの「ひこうき雲」を置くことによって、アルバム全体はとても静かで抑えたトーンになっている。

60年の安保闘争から始まった、市民・労働者・学生を巻き込んだ"政治の季節"が、思いもよらぬ醜悪な形で幕を下ろし、そういうものとは無縁のノン・ポリティカルな若者たちがあちこちで話題になっていたころで、あとになって振り返ってみればユーミンはそういう若者たちの象徴でもあったわけだが、このアルバムにそういう華やかだが虚ろな彩りは、ない。

夭折した友だちの死を客観的に乗り越えていこうとする静かな意志に満ちた厳かな曲調とはうらはらに、アレンジは遊びごころが感じられる。
イントロの、ピアノのリズムをわざとはぐらかすように拍の裏から入ってくるキーボードとか、エンディング、後テーマが終わってハミングになった直後に入る、音符過剰のハリーのベースに思わずにんまりとしてしまうのはぼくだけだろうか。

A-5 きっと言える

この曲の主眼はなんといっても、臨時記号の嵐と転調を繰り返しながらどんどん高みに上ってゆく独創的な曲調だろう。

単調ともいえるメロディなのだが、まるでセロニアス・モンクのブルーズのように黒鍵と白鍵が複雑に交差しながら音階が上昇してゆく。
間奏の西条孝之介のテナー・ソロがうまくメロディの高まりを鎮める役目を果たすが、またヴォーカルが上昇する主題を繰り返して、ふたたび高みに達する。

それは「きっと言える」という自信に満ちた自己肯定的な歌詞とともに、聴くものを不思議な高揚感にみちびく。

それにしても…。
このとしごろの男子は口では生意気なことを言っていても、精神的には同年代の女の子よりずっと幼いから、自分の胸のうちを読まれるのが恐いし、女の子を永遠に理解することのできない神秘的な生き物だと思っている。

そういうときに
あなたが好き
 きっと言える
 どんな場所で出会ったとしても

と、まるで神の目を持ったようなことばと出会うと、もうそれだけで参りましたと感じてしまう。
その時点で彼女に惹かれてしまう仕掛けになってるわけだ。
う~ん、やっぱり女の子って恐いわ(笑。

B-1 ベルベット・イースター

2曲は決まっていたものの、もう1曲をなんにするかで思いっきり迷ってしまった。
ハリーのアコギとまったかさんのサイド・ヴォーカルが素敵な「曇り空」とか、カウンター・メロディが美しい「雨の街を」とか、駒沢裕城のスティール・ギターでカントリー・ムードあふれる「紙ヒコーキ」とか…、いっそのこと5曲ぐらいにしようかとも思ったのだが、そうなると1つの記事を書くのに1週間はたっぷりかかってしまいそうだ。
けっきょく「ベルベット・イースター」を選んでしまった。
ちょっとありきたり?(笑

このアルバムでもっともメロディの美しい1曲といえばこれだろう。
ユーミンの歌はどれもすこぶる絵画的で、繊細な美しさを保ったものが多いが、ピアノを中心にすえたシンプルなアレンジとともにひときわ切ないメロディが胸に迫る名曲だ。
ピアノの左手とベースの動きにはブリティッシュ・トラッドみたいな響きもあって、荒井由実の才能がみごとに表れている。

「やさしい雨が降ってくるのを/ずっとぼんやり待っていたのよ」とか、「夜明けの雨はミルク色」とか、このアルバムには雨の歌が多いが、この曲も雨の歌。

春のやわらかな雨が降る低い空を「天使が降りてきそう」と喩える感覚は当時としてはすごく斬新だったし、花で飾った白い帽子に、母親が若かったころに好んでいたブーツというファッション・センスもさすがという感じだった。


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コメント 18

ouichi

遼さん、こんばんは。
『きっと言える』もお気に入りなのですが、
『ひこうき雲』は衝撃的ですね。
普通に聴くと耳障りの良いポップスにも聴こえるのですが
重い歌詞を知った時、足がグラグラしました。

この内に秘めた暗さが、『時のないホテル』に
繋がっていったのでしょうか。
ユーミンは多面的な人ですが、この曲の感性に強く
惹かれた時期がありました。
by ouichi (2008-02-14 01:44) 

MORE

荒井由美を知ったときはアルバムのことは良く知りませんでした。
何たってその頃は「洋楽」一辺倒でしたから・・・
どの曲を聴いて好きになったのかは覚えていませんが、ある日に
ラジオ(だと思う)から流れる彼女の曲の歌詞が頭にこびりつき、
「あ、今までの歌謡曲とは違うぞ」と感じたのでした。
ニュー・ミュージックの始まりですね。(微笑)
で、このファースト・アルバムですが、「恋のスーパー・パラシューター」以外はどれも好きです。(爆)
(理由はいずれ・・・)
3曲選べ、と言われたら私ならヴェルヴェットより「雨の街を」が優先されるでしょうか・・・(僅少差ですが)
by MORE (2008-02-14 08:59) 

MASA

私も3曲選べと言われるとこの3曲を選びます。
「ひこうき雲」の主人公は病気か何かで人生の大半を残しながら死ぬしかなかった小さい子どものように感じるのですが、実際はどうなんでしょう。
病室の窓から見える空を見て空に憧れていた、あまりにも若すぎた、っていう部分で幼気な子どものような気がします。
じゃなきゃフライト・アテンダントを目指していた女性?(笑)

「きっと言える」はめくるめくような転調による展開がスゴいですが、こんな凝った曲が書ける日本人アーティストはそれまでいませんでしたね。

「ヴェルヴェット・イースター」はたしかにありきたりな感はありますが、でもやっぱり数あるユーミンの曲の中でも屈指の名曲だと思います。
by MASA (2008-02-14 17:44) 

AKIRA

記憶違いならごめんなさいです。
ファーストアルバムが売れていた当時、テレビで(スターのニュースみたいなヤツ)詩の内容について本人のコメントが放送されたような・・・そんなぼんやりした記憶ですが、
「ひこうき雲」はユーミンの家の近所で実際に亡くなった脳に障害をもった子供?の事を詩にしたと聞いたような記憶があるのでが・・・
記憶違いかもしれませんが・・・自信が無い。

「他の人にはわからい」と「けれど・・・幸せ」の下りが
切なくもあり、そう解釈した15歳のユーミンはすでに普通の感性じゃないですよね。

私はあと・・「空と海の輝きに向けて」これは・・・
中3くらいの頃、ちょっと好きだった子が大好きだった曲。
彼女は寺山修司を師事するような子であり、ユーミンで「言葉」の世界感を良く私に勝手に話していました。彼女は大学卒業後、コピーライターになりました。
by AKIRA (2008-02-14 21:17) 

Sken

私も「ひこうき雲」のPETTYさんのおっしゃるとおりの話をきいたことがあります。

このアルバムは『つづけおり』のようなものですね。
私もLPをリアルタイムで買っておりました。
中に黒い特殊な紙の歌詞カードが入っていました、冊子のような。

私は「曇り空」も好きです。
by Sken (2008-02-14 22:14) 

parlophone

ouichiさん、どうもです。

>『ひこうき雲』は衝撃的ですね
>…重い歌詞を知った時、足がグラグラしました

アルバムのオープニングにふさわしくユーミンは声を張り上げて歌ってますが、あまり悲痛なふうには聞えないだけに、歌詞の内容が重みを持って感じられますよね。

>この曲の感性に強く惹かれた時期がありました

ええ、なんとなくわかります。
そういう時期って10代から20代のはじめごろにはみんな経験するものなのでしょうか…。

『時のないホテル』、たしかに暗いですよね。
by parlophone (2008-02-14 22:30) 

parlophone

MOREさん、どうもです。

>彼女の曲の歌詞が頭にこびりつき、
>「あ、今までの歌謡曲とは違うぞ」と感じたのでした

ですよね~。
もちろん曲がよくなければこころには届かないと思うのですが、曲がよくてさらに歌詞がとても深い意味を持っているので、ユーミンのばあい、歌詞を切り離して論じることはできませんね。

>私ならヴェルヴェットより「雨の街を」が優先されるでしょうか

ぼくも「雨の街を」選ぼうかなとも思ったんですが…。
1st アルバムからすでに3曲選ぶのがむずかしいという、すごいアーティストですよね、よく考えると(笑。
by parlophone (2008-02-14 22:35) 

parlophone

MASAさん、どうもです。

そうですか、同じですか。
どの曲を選んでも(逆にいうとどの曲を外しても)異論が出そうなのでちょっぴりうれしいです^^

>あまりにも若すぎた、っていう部分で幼気な子どものような気がします

「あまりにも若すぎた」という表現はいくつで死んでも使われる可能性がありますが、この曲のばあいはたしかに幼な子という感じがしますよね。

>こんな凝った曲が書ける日本人アーティストはそれまでいませんでしたね

ぼくもそう思います。
職業作家なら服部良一とか浜口庫之助とか中村八大とか、素晴らしいメロディ・メイカーはいましたが、19歳の少女がこんな曲を書くんですから、やはり「新感覚派」ということなんでしょうね。

>「ヴェルヴェット・イースター」は…屈指の名曲だと思います

ですね。
それこそ耳タコになるくらい聴いた曲なんですが、この記事を書くために何度か聴いて、あらためて美しい曲だなあ~と思いました。
by parlophone (2008-02-14 22:46) 

parlophone

PETTYさん、こんばんは!

>「ひこうき雲」はユーミンの家の近所で実際に亡くなった脳に障害をもった子供?の事を
>詩にしたと聞いたような記憶があるのですが…

そうだったんですか。
初めて聴きました。
でも、完全なフィクションではなく、あるていど自分の体験に基づいた歌だという感じはありましたね。

>そう解釈した15歳のユーミンはすでに普通の感性じゃないですよね

15歳!!?
たしかにふつうの感性じゃないですよね。
そういう解釈にたどり着くまで長い歳月が必要だったかもしれませんが。

>「空と海の輝きに向けて」これは…

いいですね~。
こういう話、大好きです。
(というか、そういう女の子に惹かれてしまいます…爆)

ぼくも高校生のころ寺山修司が大好きだったんですよ。
いまでも彼の歌はすぐに口について出るぐらいです^^
コピーライターって、やっぱり彼女も才能があったんですね!
by parlophone (2008-02-14 22:57) 

parlophone

Skenさん、どうもです。

>私も「ひこうき雲」のPETTYさんのおっしゃるとおりの話をきいたことがあります

そうだったんですね~。

>中に黒い特殊な紙の歌詞カードが入っていました、冊子のような

そうですね。
この黒い冊子は紙ジャケになったときもちゃんと復刻されていたそうですよ。
MASAさんのブログだったかな?に書いてありました。

>私は「曇り空」も好きです

ですよね。
このアルバムの雨を歌った唄はみんな素敵です^^
by parlophone (2008-02-14 23:01) 

Sken

> この黒い冊子は紙ジャケになったときもちゃんと復刻されていたそうですよ。

私、それも持ってます。リマスターでもないのに購入してました。
後年リマスターも買いましたが。
by Sken (2008-02-15 10:56) 

parlophone

>私、それも持ってます。リマスターでもないのに購入してました
>後年リマスターも買いましたが

そうだったんですね。
ぼくはCDはまったく持ってないんですよ。
いまだにアナログを聴いています。
さすがに初期3部作あたりはスクラッチ・ノイズが多くて困りますが、
『パール・ピアス』や『リインカーネーション』あたりは音もいいですね^^
by parlophone (2008-02-15 23:41) 

milk_tea

アルバム「ひこうき雲」から3曲好きな曲、といったら私だったらどれかなあと考えてみました。
*きっと言える、*返事はいらない、*空と海の輝きに向けて の3つかな。
でも改めて全ての歌を思い出して口ずさんでみると、どれもあまりに名曲なので本当、ビックリしちゃいますね。この時代にこのメロディ、歌詞、演奏性のセンスは、そらおそろしいインパクトだっただろうなと思います。リアルタイムでその衝撃を受けているparloさん達がうらやましいな~

歌詞を改めて見返しても本当、純度の高い文学の世界なんですよね。それでいてあのデリケートなメロディなわけでしょう、もう贅沢すぎてね・・・・。
ああ、やっぱり荒井由実は簡単には語れませんわ。
by milk_tea (2008-02-17 00:17) 

parlophone

milkちゃん、どうもです。

>私だったら…*きっと言える、*返事はいらない、*空と海の輝きに向けて の3つかな

なるほど~。
「返事はいらない」はご自分のブログでもたしか選ばれてましたよね^^
「空と海の輝きに向けて」は上でPETTYさんも書いてらっしゃいましたが、女性に人気が高いのかな?

>どれもあまりに名曲なので本当、ビックリしちゃいますね

ほんとですよね。
ユーミンとしてはSSWより作曲家を目指していたらしいですが、じゅうぶん納得できる才能ですよね。

>リアルタイムでその衝撃を受けているparloさん達

いま思い出してみてもあのころはアルバムが出るたびに衝撃を受けてましたね~。
いい時代でした(笑。
いまのファンの人たちもそうなんでしょうかねえ。
by parlophone (2008-02-17 16:58) 

Sken

「返事はいらない」もいいですね。
これはデビュー盤では違うミュージシャン、アレンジでしたね。
by Sken (2008-02-18 09:16) 

AKIRA

やっぱ、女性と男性では選曲の差がでますね。
なんかねぇ〜milkさんが、「返事はいらない」や「きっと言える」を選ぶのはやはり解る気がするんですよ。私が好きだったコピーライターになった女の子・・・私の隣でキラキラ下目で「あな〜たがす〜きぃ〜」なんてファルセットで歌っちゃう強者。そんな子の手のひらで転がされていた私。今でも彼女の私の表情見ながらクスクスと楽しむような・・・そんな子には弱かったなぁ〜
by AKIRA (2008-02-18 21:19) 

parlophone

>「返事はいらない」…はデビュー盤では違うミュージシャン、アレンジでしたね

ええっ!そうだったんですか!?
この曲は歌詞が人気のような気がするんですが、アレンジでいえば間奏でリズムが変わって、カウベルやティンバレスも入ってちょっとラテン風になるところですよね。
最初のシングルではどんなアレンジだったんでしょう。

ちょっと気になりますね~。
by parlophone (2008-02-18 22:06) 

parlophone

>私が好きだったコピーライターになった女の子・・・
>私の隣でキラキラ下目で「あな〜たがす〜きぃ〜」なんてファルセットで歌っちゃう強者
>そんな子の手のひらで転がされていた私

ひゃあ~、聴いちゃった~^^
いいですね~♪
その話もうちょっと聴きたいなあ。
by parlophone (2008-02-18 22:08) 

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