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『14番目の月』――ユーミンのアルバム(by 3songs) [ユーミン]

『14番目の月』は4枚めのオリジナル・アルバムで1976年11月にリリースされた。
荒井由実としては最後のアルバムである。

ここまでを彼女の第1期と仮定すると、『MISSLIM』と甲乙つけがたいほどの傑作アルバムだと思っている。

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ジャケットはCD で見るとおそらく凡庸なデザインに映るのではないかと思うが、オリジナルのLP サイズで見るとじつにポップで華やかなアート・ワークである。
スリーヴをヴェルベットのような生地で包んでそれにリボンを掛け、さらに金文字で印刷されたグリーティング・カードが挟んであるというデザイン。
これでエンボス加工か何かしてあればもっと上質に見えるんだけど、予算が足りなかったのだろうか(笑。


バック・ミュージシャンはこれまでのキャラメル・ママ(ティンパン・アレー)から大きく変わって、基本的には松原正樹(g)、松任谷正隆(key)、リーランド・スクラー(b)、マイク・ベアード(ds)という布陣。
これに曲によって鈴木茂(g)、瀬戸隆介(ac-g,banjo)、斎藤ノブ(perc)、駒沢裕城(steel-g)らおなじみのメンバーが加わる。
細野晴臣はスティール・ドラムでB-3「避暑地の出来事」に参加している。
コーラス・アレンジは前作と同じく山下達郎が担当し、吉田美奈子、大貫妙子に加えて今回は尾崎亜美、タイム・ファイヴらが美しいコーラスを披露している。

さて3曲のうち2曲はA-1「さざ波」とB-2「天気雨」で決まり。
あと1曲を何にしようかほんとうに迷ったのだが、悩んだあげくにA-3「さみしさのゆくえ」にした。

バラードではほかにもチェンバロの響きが美しい名曲 B-4Good Luck and Good bye」(岡崎友紀への提供曲)や、B-1「何もなかったように」、B-5「晩夏(ひとりの季節)」、ハイファイ・セットがカヴァーした A-4「朝陽の中で微笑んで」としみじみとした佳曲がそろっているし、ポップな曲も、B-3「避暑地の出来事」、庄野真代のカヴァーもヒットしたA-5「中央フリーウェイ」と粒ぞろいだ。
なにしろ『MISSLIM』と並ぶ名盤だと思っているので、どれを外しても悔いが残る。

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   (初回盤はB-4の表記が「Good bye」ではなく「Good-by」となっている)

このアルバム、演奏の面ではなんといってもリー・スクラー、マイク・ベアードというLA の腕利きミュージシャンの参加が大きくものをいっている。
リー・スクラーはこのブログでもおなじみ、セクションのメンバーだし、マイク・ベアードはジャーニーのサポーテッド・ミュージシャンとしても有名だ。

まずB面2曲めの「天気雨」に針を落としてほしい。
そう、CD じゃなくてできればアナログ盤で(笑。
これはほんとうにぶっ飛びます!

イントロはヤマタツ、美奈子を中心とした美しいコーラスにアコギとピアノのアルペジオで始まるんだけど、つづくリーのベースのごつい音とマイクのバスドラの重たい音にまずのけぞる。

そこにユーミンの可憐な声で

波打ち際をうまく 濡れぬように歩くあなた
 まるでわたしの恋を 注意深くかわすように


起伏に富んだリズミカルでキュートなメロディが、夏のさわやかな恋の始まりを描く。

きついズックのかかと ふんでわたし前をゆけば
 あなたは素足を見て ほんの少し感じるかも


20歳前後の女の子にしかぜったいに書けない(断言!)素敵な歌詞だ。

学生時代のぼくはサーフィンを見ることもなかったけれど、働き出して自分で運転するようになってからは、よくサーファーのいる海岸にクルマを止めて、夕陽が沈んでしまうまでぼんやり海を眺めていたものだ。
「ゴッデス」もこの曲で有名になりましたね。

そして最後のバース、

白いハウスをながめ 相模線にゆられて来た
 茅ヶ崎までのあいだ あなただけを想っていた


ユーミンの歌詞に出てくる女の子はじぶんではクルマを運転しない。
ベレGやコルベット、白いセリカ…といろいろ名車の名前が出てくるけれど、つねに助手席の彼女なのだ。
それがまたいかにもお嬢さん、という雰囲気でよい。
清楚で白いワンピースと白いパラソルのよく似合いそうなお嬢さまが、じぶんに逢うために「相模線にゆられて」くるのだ。
これはもう幸せモン以外のなにものでもありません(笑。

コーラスでは美奈子はもちろん、タツロウのファルセット・ヴォイスがスウィート・ソウル顔負けの活躍をするんだけど、そんなコーラスも聞えないほどマイクはドラムをぶっ叩き、リーのベースは唸りを上げる。
これはポップスというよりパンクです(笑。

間奏やエンディングに出てくるピアノもすごい。
この曲を聴いて「ほんとにマッタカさんてピアノうまいよなあ」としみじみ思ったものだ。

A-1に置かれた「さざ波」はまさにこのアルバムのカラーを既定する曲だ。
マッタカさんのスイング感あふれるピアノをメインに、松原正樹のキレのあるギター、ベースとドラムの重量コンビが叩きだすリズムというバッキングと、愛の終わりのそこはかとない寂寥感を歌った歌、その危ういバランスのうえに見事に成り立った曲だ。

月の形のボートの上で
 素敵な日々を想い出にしたい
 ひざに開いた短編集も
 風がめくっていつの間にかエピローグ


詞の世界は現実感のない幻想の世界のようで、メルヘンティックといわれればそれまでなのだが、秋のセンティメントな気分とよくあっている。

歌詞の内容に合わせて入るストリングスも美しいが、よく聴くとコンガなども使われていて、そのグルーヴはそのままつぎのA-2「14番目の月」に繋がっている。

A-3「さみしさのゆくえ」はエレクトリック・ピアノにヴィブラフォンなども入ったジャズっぽいアレンジが印象的だ。

若いころには真面目であることがわけもなく恥ずかしくて、悪ぶって見せるってよくあることだけど、そういう自分を捨ててさいはての国に行ってしまった彼からのとつぜんの電話。

どこかで会おうと言って 急に電話くれたのも
 昔の仲間のゆくえ ききたかっただけなの?


こんなわたしでもいいと 言ってくれたひとこと
 今も大切にしてるわたしを笑わないで


この歌詞を聴いて鼻の奥がつーんとしない人は少ないだろう。
女性は同じような想い出を思い出し、男性はそういう女性のけなげな心情を想う。
むろん現実には、昔のひと言をいつまでも胸に抱いてる女性の存在ってちょっと重たいに違いないんだけど(笑)、この曲を聴いているとそんなことはどこかに追いやって、けなげな女性のはかなげな横顔なんかを思い浮かべてみたりする…(笑。

左チャンネルのジャズっぽい茂のギター、右チャンネルの瀬戸隆介のアコギ、そしてセンターで相変わらずブリブリとよく鳴るリーのベース。
音数の少ないところで印象的に響くヴィブラフォンとオブリガードを聞かせるトロンボーンもさみしげな曲調とよく合っている。
サビではトロンボーンとトランペットがちょっとバート・バカラック風でいい感じだ。

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   (歌詞の印刷されたインナー)

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   (裏のポートレイトは「天気雨」の清楚なイメージとはちょっとちがったかな…^^;)

なお、この曲の歌詞についてはmilk_tea さんの深い考察があるので、併せてお読みいただければ幸いです^^

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コメント 7

ouichi

遼さん、こんばんは。
このアルバムできましたかぁ?
実は聴いたことないです(苦笑)
でも仰る通りLPでこそ映えるジャケットですね。
じつは凝った作りなんですね。
確かにエンボス加工にしてほしい!
最近は紙ジャケ論にも多少付いていけるようになり、
拘りが出てきたようです...。


by ouichi (2008-03-21 01:26) 

Sken

私は、このあたりまではリアルタイムで聴いておりました。
で、本作でのリズム・セクションに降参しました。

特にリーです。もともと好きなベーシストだったけど
日本語の歌のバッキングでも、このスゴさ!
この人のプレイは大きいです、このアルバム。
結婚直前だということなのか、ギターより
キーボードのソロが多いですね。

テイン・パン・アレイ関連で一番プロデュースという意味での
完成度が高いアルバムかも知れません。

私もA面1曲目からの3曲で納得です。
by Sken (2008-03-21 12:09) 

MASA

このアルバム、確かに当時としては音がずいぶん日本人離れしているというか、洋楽ロックレベルの出来ですよね。

でもサウンドのクオリティは飛躍的に上がりましたが、その分なんか変に手慣れた感じがするというか、以前のようなシンプルなユーミン本来の良さが失われた感じがするのが惜しいところです。

結局80年代以降はこのようなテクニシャンを導入したサウンド重視路線をしだいに突き進み、プロデューサーもマッタカさんに固定されて国産AORとなってマンネリ化が進むわけですが、それを考えると果たしてこの路線がよかったのかどうか、という疑問も残りますねえ。

そういう意味では名義こそ「荒井由実」ですが、実質的にはすでにこれが「バブリー松任谷由実」時代の幕開けになっているという印象を持ってしまうアルバムです。

散々悪口書きましたが、でも私もこのアルバムは実は大好きなんですよ(笑)。
この辺りはまだ先進的ということで許される部分が大きいですからね。

私のお気に入りはアルバム・タイトル曲と「天気雨」「何もなかったように」ってとこですかね。
by MASA (2008-03-22 00:16) 

parlophone

ouichiさん、どうもです。

>このアルバムできましたかぁ?

あらら、いちおうリリース順にやってるんですけど、言ってませんでしたっけ(笑。

>実は聴いたことないです(苦笑)

や~、もったいないですね。
1st~3rdと並べてもまったく聴き劣りしませんから、ぜひ聴いてみてくださいね。

>最近は紙ジャケ論にも多少付いていけるようになり

わ~い、うれしいですね~^^
紙ジャケファンが少しずつ増えていけば、だんだん流通量も増えていくでしょうからね。

ouichiさんもコレクションはぜひ紙ジャケで(爆。
by parlophone (2008-03-22 21:27) 

parlophone

Skenさん、どうもです。

>このあたりまではリアルタイムで聴いておりました。
>で、本作でのリズム・セクションに降参しました

以前にもおっしゃってましたよね^^

>特にリーです…日本語の歌のバッキングでも、このスゴさ!

なるほど、そういう視点には気がつきませんでした!
たしかに英語じゃない音楽のバッキングってそんなにやったことはないでしょうからね。
たしかにスゴイな(笑。

>プロデュースという意味での完成度が高いアルバムかも知れません

うん、ぼくもその意見に賛成です^^
バッキングのうまさでもこのアルバムがいちばんでしょうね。

>私もA面1曲目からの3曲で納得です

演奏面ではタイトル曲もすごいですよね。
すごいスイング感で全員がノッて音楽を作ってるようすが伝わってきます。

by parlophone (2008-03-22 22:04) 

parlophone

MASAさん、どうもです。

>このアルバム、確かに…洋楽ロックレベルの出来ですよね

やっぱりそうですよね。
このあたりから「日本のロック」というようなエクスキューズなしに演奏を楽しめるアルバムが出てきたような気がします。

>以前のようなシンプルなユーミン本来の良さが失われた感じがする

おっしゃる意味はわかります^^
ただ、当時はユーミンのすごさに圧倒されてたのでそんなことにはまったく気がつきませんでしたね。
あとになってみると、たしかに初期のシンプルさは薄らいだ感じですね。

>プロデューサーもマッタカさんに固定されて国産AORとなってマンネリ化が進むわけ

ぼくもプロデューサーを代えたら?と思ったことはあるんですが、それはずいぶん後になってからですね。
このころはただただ好きでした^^

>それを考えると果たしてこの路線がよかったのかどうか

当時からそういう危機意識をもたれていたとしたら、MASAさんやっぱりすごいですね~。

>私のお気に入りはアルバム・タイトル曲と「天気雨」「何もなかったように」

お、やっぱりMASAさんもタイトル曲はお好きですか。
「何もなかったように」は死んだシェパードの歌ですよね。
この曲も詞よりはアレンジが好きです^^

by parlophone (2008-03-22 22:38) 

りばー

ベースは誰かを調べていてたどり着きました。

あんまり詳しくないんですが、これはさすがに細野さんじゃないような気がして・・・。

このアルバム好きです。
「さざ波」「14番目の月」「天気雨」がいいです。

今でもよく聴きます。

高校3年の時の発売ですね。

はっぴいえんどが好きになり、キャラメルママが参加でユーミンを聴いていたのですが、サウンド、詞にやられ、ユーミンもだいぶ聴きました。

とても勉強になるブログ、ありがとうございました。

by りばー (2015-06-25 14:29) 

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