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ジョンの想い出~ニューヨーク・ブリザード・ブルーズ [BEATLES]

さっき友だちからメールが来て、きょうがジョンの命日だったことに気がついた。
ああ、去るものは日々に疎しというけれど、こうやってしだいにジョンのことを忘れていくのだろうかと、ちょっと愕然とした。
一昨年の日記に書いたけれど、ジョンが亡くなってしばらくしてぼくは「ニューヨーク・ブリザード・ブルーズ」という詩を書いた。

さっきあらためて読み返してみると、「ビートルズの想い出」に書いたことと同じことを書いたりしている。
ヨコタ君からカセットを餞別にもらったときテープを2本買ってそのうち1本には『リヴォルヴァー』を入れたなんて忘れてたなあ。
26歳のときの若書きでちょっと恥ずかしいけれど話の種に…(ほんとうは縦書きです)。

   
   (写真は『LIFE Remembering John Lennon 25 Years Later より)
   

        ニューヨーク・ブリザード・ブルーズ

     ジョンが射殺されたというニュースを
     初めて耳にしたのは昼ごろだっただろうか
     ぼくはそのことを多分
     同じオフィスにいた女性から聞いたのだが
     すぐそばにはストーヴが盛んに燃えていたし
     (勿論その上には薬缶なんかも載っかっていて)
     とても暖かだった

         ぼくは噴き出す蒸気を見つめていた
         神経がどこかで切れたように
         言葉の意味はぼくの胸に届かず
         解き放たれた色彩が一面に散らばったようだった

     まだ珍しかったポータブルレコーダを
     はなむけに友人が呉れたとき
     ぼくはカセット・テープを二本買って
     リヴォルヴァーとサージェント・ペッパーズを録音した

         恋人と暮らすためにアルバイトに忙しくて
         講義を休みがちな先輩
         の机の上には ラバー・ソウルのジャケットが抛り出してあって
         ぼくを見つめるジョンの瞳は
         妙に印象的だった

     夜明けまで詩の話に熱中して
     朝の空気がやけに鮮やかに肺の中にしみ渡った時
     も小さく鳴り響いていたジョンの魂

         ―― ぼくは疲れている
             一睡もしてやしない
         とジョンは唄った

             *

     1980年12月8日
     ニューヨークの寒さは
     遥かな軌道の高みにまで達してひとしきり
     ぼくらの胸の中を吹き抜けた

                                   (1981.2.3.)


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氷春友

遼さんのブログにジョン・レノン追悼の記事が
アップされないので、あえて言及しないのか
それとも日本時間に合わせて12月9日にアップされるのかと
思っていましたが、
そうですか…お忘れになっていたんですね。

僕のいとこも大ファンだったのに命日は12月のいつだっけ?
と尋ねられた時はちょっとビックリしたものでした…

ニューヨーク・ブリザード・ブルーズ素晴らしいです。
「ぼくは噴き出す蒸気を見つめていた
神経がどこかで切れたように」
わかりますね…この気持ち

ラバー・ソウル
偶然にも今僕の部屋の机の上に置いてあります。

僕は1980年当時はまだ10歳。
ニュースの扱いの大きさから
ただただ偉大な人物が亡くなったんだという
漠然な想いしかありませんでした…
by 氷春友 (2006-12-09 01:03) 

satomi

遼さん!ジョンが亡くなったとき、NYにいらしたのですか!?
すごーい!遼さんもあのセントラルパークに行かれて大合唱されたのでしょうか?
リアルタイムでビートルズを聴かれたことがとてもうらやましかったですが、ジョンの死まで、同じ場所で体験されていたとは・・・
私は高3で、学校帰りの電車の中、スポーツ紙の大見出しで知りました。
「ジョン・レノン射殺」 
エイプリル・フールが冬にもあるのかしら?とマジに思いました。
信じれませんでした。
東京もあの頃は、今よりずっと寒かったです。
寒さの中、駅から家まで一目散に走りました。
テレビのニュースを見て、心にぽっかりと、穴があいてしまいました。
(TBさせていただきました)
by satomi (2006-12-09 01:05) 

MASA

私はジョンの命日は忘れたことはありませんが、毎年書いてもマンネリなので今年は記事にするのをやめようかと思いました。でも結局書いちゃいました^^。
TBさせていただきますのでヨロシクです。
by MASA (2006-12-09 01:51) 

parlophone

氷さん、ありがとうございます。

>そうですか…お忘れになっていたんですね

自分でもびっくりしました。
きのうはインターネットを覗く時間もなかったし、TVのニュースも見ていなかったので、友だちからのメールで「あ…」っという感じでした。

>ラバー・ソウル
>偶然にも今僕の部屋の机の上に置いてあります

ああ、そう聞いただけでセンチメンタルな気持ちになります(笑。

>ニュースの扱いの大きさから
>ただただ偉大な人物が亡くなったんだという
>漠然な想い

そうだったんですね~。
by parlophone (2006-12-09 11:15) 

parlophone

satomiさん、誤解です!!
NYになんかいませんよ~。
当時も今と同じ福岡で働いてました。
紛らわしい書き方になっていたのならごめんなさいですm(_ _)m

>エイプリル・フールが冬にもあるのかしら?とマジに思いました。
>信じれませんでした。
>東京もあの頃は、今よりずっと寒かったです

リアルな話ですね~。
ほんとうにあのころは今よりずっと寒かったような気がします。
オフィスもまだエアコンではなくストーヴで、窓が真っ白に曇ったりしていました…。

こちらからもトラバさせていただきます…。
by parlophone (2006-12-09 11:22) 

parlophone

MASAさん、どうもです。

>毎年書いてもマンネリなので

それは確かにありますね。
ぼくも3年連続で書きましたが、来年は書かないかもしれません…。
ただ、なんか急き立てられるようなものがこころのなかにあるのも事実で、ついつい書いてしまうって感じかな。

こちらからもトラバさせていただきますね。
by parlophone (2006-12-09 11:27) 

DEBDYLAN

遼さん、こんにちは。今日はどんな記事をアップされるのかな、と密かに気にしておりました。素敵な詩ですね。サラリとこんな文章が書けるなんて尊敬してしまいます。私もこの事で記事を書きました。拙い記事ですが・・・。
TBさせて頂きたいと思います。宜しくお願い致します。
by DEBDYLAN (2006-12-09 12:30) 

MORE

実は私もparlophoneさんのブログを読むまで命日のことを忘れていました…
ジョンの突然の死が(しかも他殺)ショックだったのは直前にStarting Overというアーティストとしての力強い再出発をし始めた矢先だった、ということがあります。
じゃあ、今日は「ジョン魂」でも聴こうかな…
by MORE (2006-12-09 13:13) 

parlophone

DEBDYLANさん、コメント&トラバありがとうございました。

>今日はどんな記事をアップされるのかな、と密かに気にしておりました

そうだったんですね。
気にかけてくださってありがとうございました。

>サラリとこんな文章が書けるなんて

いえいえ、けっしてサラリと書ける訳ではありません^^;
たぶん1時間はかかっていると思います。
学生のころは仲間同士で即興詩の練習とかもしましたが(笑

こちらからもあとで伺いますね~。
by parlophone (2006-12-09 14:28) 

parlophone

>ジョンの突然の死が(しかも他殺)ショックだったのは直前にStarting Overという
>アーティストとしての力強い再出発をし始めた矢先だった、ということがあります

それはありますね~。
久しぶりにラジオからジョンの歌声が流れ始めたと思ったら、直後には悲報が届くという信じられない展開に、声も出ないほど驚きました…。
by parlophone (2006-12-09 14:30) 

satomi

きゃぁ~遼さん、すみませんm(__)mm(__)mm(__)m
最初の2行め「昼ごろ」 にニュースを聞いた、という時点で
日本時間だと明確にわかるのに・・・
なんか、昨日はジョンに背中を押されたかのごとく、久々にいろんなブログに
出入りして、テンパっておりました。
最後の4行の、とても文学的な表現を読解する力に欠けていました。
「あ、遼さんNYにいたんだ!」と、早合点(-"-)
あまりにアホなコメント残してしまい、申し訳ないので、これとともに
どうか削除してくださいませ~。
by satomi (2006-12-09 15:21) 

nowatts

最近ジョンの命日は12月8日になってますよね、あたりまえですけど。でもリアルタイムで衝撃を受けたものにとっては、あれは12月9日のことでした。いつのまにか8日に起こった「歴史的事実」として感覚的にも統一されていくものなんですね。ところで、「あの日」以降、「それはさておき」という感じでリリースされ続けるビートルズ&ジョン関連商品に対峙したとき、なにか私はいつも自問自答してきている気がします。「これって、ジョンが生きていたら出たのだろうか?」と。勿論答えはありませんからお金の余裕があれば買っている可能性が高いですが(笑)、やはり確実に日本時間1980年12月9日に「ぴたり」と時計が止まってしまったという部分が自分の中にあるのですね。17歳の時の衝撃とはそんなものなのかもしれません。
by nowatts (2006-12-09 23:38) 

parlophone

>最後の4行の、とても文学的な表現を読解する力に欠けていました

文学的にしたつもりで、独りよがりの曖昧な表現になってしまったようで申し訳ありませんでした。

>申し訳ないので、これとともにどうか削除してくださいませ~

satomiさんさえよければ残させてください。
削除してもぼくのコメントが残ってるからね~^^
by parlophone (2006-12-10 00:47) 

parlophone

>やはり確実に日本時間1980年12月9日に「ぴたり」と時計が止まってしまった
>という部分が自分の中にあるのですね。17歳の時の衝撃とはそんなものなのかもしれません

そうなんですか…。
ぼくはもう社会人で、毎日毎日の生活に追われていて、その日が何日だったかはっきり覚えていません。
あとで、ああ12月8日といえば、日本が愚かな戦争を始めた日と同じ日だったんだなあ~と思って、それから12月8日と刷り込まれてしまいました。

>「これって、ジョンが生きていたら出たのだろうか?」

それはありますね!
ジョンってあまり過去を振り返るタイプの人ではなかったみたいだから、スーヴニールみたいなものはほとんどOKがでないでしょうね~。
by parlophone (2006-12-10 00:53) 

satomi

それではお言葉に甘え、そのままとさせていただきます。
遼さんに申し訳ない、と言わせちゃって返って申し訳ありません。
ところで。。。
ビートルズファンとして、いつも遼さん世代をうらやましく感じていた
私ですが、ジョンが亡くなったときは社会人でいらしたので、ゆっくり感傷に
浸る時間もなかった、というわけですね。
そういう意味では、私は学生でたっぷり時間があってよかったんだ、と気づきました。(いいとか悪いとかの問題じゃないでしょうが・・・(^^ゞ
by satomi (2006-12-10 01:13) 

nowatts

>ぼくはもう社会人で、毎日毎日の生活に追われていて・・・
satomiさんもおっしゃっているとおり、「あの日」のことになるとついつい熱くなるのはむしろ「ちょっと遅かった」私のような世代なんですね。思春期に一番のヒーローを失っちゃったわけですから・・・僕の友人であの日のことはなかったことにしちゃっている奴すらいます。「ほんとにジョンもそろそろ出てくればいいのにねー」なんて真顔で言ったりして。そろそろ呆けてると思われそうであぶないな(笑)。
by nowatts (2006-12-10 17:09) 

parlophone

>ジョンが亡くなったときは社会人でいらしたので、
>ゆっくり感傷に浸る時間もなかった

という感じともちょっと違うのかな~。
ぼく的にはビートルズが解散したときにビートルズは終わったんですね。
その空白を埋めてくれるポールやジョージの曲はあったけど、ジョンの曲は極めて個人的で、空白を埋めるものではなかった。
そうこうしているうちにポールやジョージの作品にも興味や関心がなくなって、長いあいだ忘れていたのです。

1980年も押し詰まってきたころ、「ショーンから『パパはビートルズだったの?』って尋ねられてジョンが活動を再開する」ってニュースが伝わってきて、「へえ、おもしろいなあ」って思ってたら悲報でしょ。
それがすごくショックだった。
ショーンのために遠ざかっていた音楽活動を、ショーンのために再開しようとした矢先ですから、ショーンのことを考えるとよけいショックでした。

でもそれも一過性のものだったんですね。
あのころはほんとうに生活に追われていて、TVのニュースですらあまり見てないし、雑誌の増刊号のようなものもまったく買いませんでした。

それから、ほんとうの喪失感のようなものがずっと遅れてやってきたんです。
それがあの詩を書いたころかなあ。
12月の寒い日のことを思い出して、しみじみと思ったのは
「報道云々以前にジャーナリズムそれ自体がジョンの死を悼んでいる」
「あの瞬間にひとりのミュージシャンだった男が、報道する側にも報道される側にも等しく、どんなに大切な人物になっていたか思い知らされたんだ」ということだったんですね。
by parlophone (2006-12-11 00:40) 

parlophone

nowattsさん、どうもです。

>思春期に一番のヒーローを失っちゃったわけですから・・・

なるほどね~、ヒーローなんですね…。
そのあたりはまったく感覚が違いますね。
ぼくにとっては、ジョンもポールもミックもキースも、ピートもロジャーも、みんなふつうのミュージシャンですからね。

>「ほんとにジョンもそろそろ出てくればいいのにねー」なんて真顔で言ったり

いや~、大笑いさせていただきましたが、ちょっとアブナイ感じはたしかにあります(笑。
by parlophone (2006-12-11 00:46) 

MORE

>ぼくにとっては、ジョンもポールもミックもキースも、ピートもロジャーも、
>みんなふつうのミュージシャンですからね。

この感覚は理解できます。
ただ、「ふつう」とは言っても「ふつうの特上」だと思いますけどね。(爆)
ジョンの死が残念だったのはStarting Overが良かっただけに、これからも「元ビートル」という看板に関係の無い素晴らしい音楽をどんどん作ってくれそうだったから…なんですよね。
ちょっと違いますが、ジム・モリスンの悲報を聞いたときも、LA Womanで久しぶりに力強い作品を出した直後だっただけにショックだったのです。
もしLA Womanが駄作だったら…ジムの死はそれほど衝撃的ではなかったかなと思います。
by MORE (2006-12-11 09:37) 

黎

遼さん、こんにちは。

私もジョンのことが書かれてないのでお忙しいのか、忘れてしまったのか心配してしまいました。お忘れだったんですね・・・

あと、ジョージの命日もお忘れではないでしょうか?11月29日。
私は「コンサート・フォー・ジョージ」を観て過ごしました。

ジョンの命日、普通は「12月8日」なんですが、日本は時差で9日になってしまうんですよね。だから当時を知る方々からすれば命日は9日なんだと思います。
後から知った私みたいな世代はやっぱり8日が命日なんですよね。
でも私はそれを分かってから8日も9日もジョンを偲んでいます。といってもCD聴くくらいですが・・。
ジョンの曲って「#9DREAM」や「Out the Blue」のような爽やかな感じの曲は不断から聴けますが、「コールド・ターキー」や「Mother」などはこういうときでないと聴けません。

先週のめざましテレビの「トロと旅する」というコーナーで、毎週月曜日はビートルズの曲が使われるんですが(今日は「アイ・アム・ア・ルーザー」)、先週は5日間ともジョンの曲でした。
めざましスタッフにジョンファンがいると確信しました(笑)
by 黎 (2006-12-11 10:51) 

nowatts

>そのあたりはまったく感覚が違いますね。
言われてみれば確かにそうですね。やはりbeatlesやJOHNに「ふつうのミュージシャン」という冷静な視点は持てません。10歳で「頭の中ビートルズでいっぱい」の変なガキでしたから仕方ないです(笑)。しかしなんだかんだで以来30ウン年ずっと追っかけてるんだなあ。進歩がないというか・・・
by nowatts (2006-12-11 12:07) 

parlophone

>ただ、「ふつう」とは言っても「ふつうの特上」だと思いますけどね。(爆)

あはは。
なんだか普通のミュージシャンが「並」みたいですね^^

>ジム・モリスンの悲報を聞いたときも、LA Womanで久しぶりに力強い作品を
>出した直後だった

なるほど~、そうだったんですか!
ぼくはドアーズは「ハートに火をつけて」のEP盤5曲で終わってしまって、それ以外未だに聴いたことがありません。
『LA WOMAN』ですね…覚えておきます。
by parlophone (2006-12-11 22:24) 

parlophone

>あと、ジョージの命日もお忘れではないでしょうか?11月29日。
>私は「コンサート・フォー・ジョージ」を観て過ごしました

申し訳ありません、はっきり忘れておりました。
ぼく的には以前も書いたんですが、6月26日、7月17日、12月8日というのが忘れがたい日で、自分のプロフィールになっているエリック・ドルフィーすら命日は知りません…(汗。

>「コールド・ターキー」や「Mother」などはこういうときでないと聴けません

ああ、そうなんですか。
「コールド・ターキー 冷たい七面鳥」や「マザー」は、ジョンのミュージシャンとしての姿勢を鮮明に映し出した作品だったので、ぼくにとってけっしてビートルズの空白を埋めるものではありませんでしたが、ビートルズの空中分解の理由を納得させるものでした。
そういう意味で、ジョンのソロとしての初期の作品はとても興味深くおもしろいもので、聴くのは好きでした。

>めざましスタッフにジョンファンがいると確信しました(笑)

今や、ジョンのファンのいない放送業界のほうが想像できないくらいだったりして…(笑。
by parlophone (2006-12-11 23:18) 

parlophone

>10歳で「頭の中ビートルズでいっぱい」の変なガキでしたから仕方ないです(笑

それはすごいなあ。
その10歳のころのnowattsさんとぜひ話がしてみたかったなあ。
唐突ですが、TVチャンピオンには「ビートルズ博士」王なんていうのはないんですかねえ。
10歳のnowattsさんだったら優勝してるかも^^
by parlophone (2006-12-11 23:21) 

路傍の石

遼さんの詩から当時の空気が見事に蘇ってきますね。あのときは寒波が来ていたはずでとにかく寒かったように記憶しています。東京のその日は曇りで、拙は風邪で学校を休んでました。

拙は1年前に書いた記事ですべてを吐き出してしまい(遼さんからそのときコメントをいただきました)、もう書くことがなくなってしまいました。
ということで恐縮ながらその昨年の記事をTBさせていただきます。
by 路傍の石 (2006-12-12 00:01) 

氷春友

>ぼく的にはビートルズが解散したときにビートルズは終わったんですね。
その空白を埋めてくれるポールやジョージの曲はあったけど、ジョンの曲は極めて個人的で、空白を埋めるものではなかった。

なるほど~そうだったんですね…
リアルタイムでTHE BEATLESを体験された方の意見として
僕の心にけっこうズシリと来ました。

たしかにJohnのソロアルバムは
セールス的には伸び悩んでいるところもあったので
当時こういう感じ方をされた方、
もしくは、“ついていけなくなった方”がけっこういたんだろうな、
と勝手に解釈してます。

>ポールやジョージの作品にも興味や関心がなくなって
GeorgeのLIVING IN THE MATERIAL WORLDを
聴いたことがないといった趣旨のことを書かれていたので
もしかしてそうなのかなとは思っていましたが…。
僕も最近Paulの出すDVD,CD(クラシックとかアヴァンギャルドみたいなのとか)
すべてをコレクションする気力が無くなりつつあります(^^;。

>そのあたりはまったく感覚が違いますね。
やっぱり僕にとってはJohn(THE BEATLES)はヒーローなんですよ~(笑)
って言うか完全に別格扱いなんですよね
by 氷春友 (2006-12-12 00:18) 

nowatts

そんな時期にはまってしまったのはやはり母や兄の影響が大きいです(もっとも母はエルヴィスのファンで、兄はラジオでポップス番組をよく聴いていた、くらいの事です)。当時それが元でいじめにあったり仲間はずれになったり、あんまりいい記憶はないのですが、その後幅広く音楽を聴くきっかけになっていることは間違いないですし、「自分は自分、人は人」みたいな感覚を早くから持てた(持っちゃった)気がします(良い悪いはべつですが)。
>「ビートルズ博士」王
今の若い「ビーおた」には基本データベース量で全く勝ち目ありません。きっと小学生でもすごいのがいるんじゃないでしょうか。「語れ」と言われれば朝まででも語れますが(これは違う番組でした)。
by nowatts (2006-12-12 01:11) 

parlophone

路傍さん、ありがとうございます。

毎年この日になるとやはり胸が痛みます。
忘れちゃったのにはびっくりしたけど^^;

それにしてもみんなにそれぞれの12月8日があるんですね。
ここにいらしてくださった方々の12月8日、そして路傍さんの12月8日。
あらためて去年の記事読ませていただきました。
by parlophone (2006-12-12 20:53) 

parlophone

氷さん、どうもです。

>たしかにJohnのソロアルバムはセールス的には伸び悩んでいるところもあったので

そうだったんですか。
まったく知りませんでした。
ジョージの『オール・シングス~』が世界的大ヒットしたのは覚えていますが、ポールのファーストなんかも売れなかったんですかね~?
by parlophone (2006-12-12 21:24) 

parlophone

nowattsさん、どうもです。

>当時それが元でいじめにあったり仲間はずれになったり、あんまりいい記憶はない

そうなんですか…。
なんだかひどい話ですね…。
ぼくが子どものころにはいじめなんてほとんどありませんでしたから、そんな話を聞くと胸が痛みます。

>「語れ」と言われれば朝まででも語れますが(これは違う番組でした)

いいですね~。
いろんなお話を聞きたいです^^
by parlophone (2006-12-12 21:28) 

Kenny

遼さん、お久しぶりです。

僕はジョンが暗殺された時のことを全く覚えていません。
世間がどうニュースを伝え、父親がどう反応したのか...全然です。ビートルズのレコードをおもちゃにしていましたが、そのジャケットに写っている人が殺されたと言われたところで、当時5歳の子供に理解することは不可能でしょう。

こういう記事は僕には絶対に書けません。
でも、もし僕がその時理解できていたら恐らくこちらの記事に書かれていたような反応をしたんじゃないかと思います。体が固まり、全く動かないのに心の中はグルグル回っていて、「大切な人の死」を理解したくない気持ちと事実として受け入れなければいけない気持ちが渦巻いている...ちょうどブリザードのように。

遼さんが書かれた詩には「静と動」、「寒と暖」、「明と暗」が「ジョンの死」をきっかけに渦巻いていく様子が見事に描かれていると思います。僕も早くこういう深い詩を書けるようになりたいものです。

そういやジョンの紙ジャケ3枚出ますね。
以前は「Mother」の研究のためにちらっと聴いたりしましたが、たぶん買ってもほとんど聴かないと思います。
でも、全て予約してしまった僕って...(苦笑)。
by Kenny (2006-12-22 00:56) 

parlophone

Kennyさん、おはようございます。
詩を褒めていただいてありがとうございます。

5歳ですか…。
幼稚園の年中さんぐらいかな?
それはいくらインパクトがあったとしてもムリでしょうね。

>体が固まり、全く動かないのに心の中はグルグル回っていて

そうそう、そんな感じだったような気がします。

>そういやジョンの紙ジャケ3枚出ますね

ぼくも買うだけは買うような気がします。
おそらく1回聞くだけだとは思いますが…(爆。
by parlophone (2006-12-23 11:57) 

ouichi

遼さん、トラバさせていただきました。
自らジョン紙ジャケに向けて気持ちを盛り上げているところで
ございます。
「ニューヨーク・ブリザード・ブルーズ」当時の空気が感じられて
良かったです。
by ouichi (2007-10-14 18:38) 

parlophone

ouichiさん、どうもです。
そっかー、11月と12月はジョンの紙ジャケでしたね。

お褒めのことば、ありがとうございました^^
by parlophone (2007-10-14 22:02) 

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