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はーどぼいるどだど (←古っ) [にぎやかな夜、その他の夜]

このところ大沢在昌の小説を4冊ばかりまとめて読んだので、何か文章を書こうとするとつい大沢調になってしまう(爆。
面倒くさいので、最初から最後まで大沢調の文章をひとつでっちあげてみた。
お暇な方だけどうぞ(笑。

物語の性格上、ここに書かれたことはすべてフィクションであり、登場する人物・団体・地名・曲名等いっさい実在のものとは関係ありません^^
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その店は親不孝通りを抜けた北の外れにある。長浜公園のすぐ近くだ。
50代のいつも不機嫌そうな顔をしたオヤジが一人でやっている。名前はたしか川井といった。
手伝いの女の子もいない狭い店だ。

店に入っていくと川井がニコリともしないでいった。
「太刀木(たちのき)さん、あんたにお客だ」
気がつかなかったが、左隅の薄暗いコーナーに20代らしい男がしゃがみこんでいた。
「おれに?」
聞き返すと、若者が振り向きながら立ち上がった。
「あんたが遼さん?」
意外に背が高い。180はありそうだった。マドラス・チェックのよれよれのシャツといい、白いジーンズといい、あまり外見にはこだわらないタイプのようだ。

「よかった。会えないかと思ったよ。こんなとこまで来た甲斐があった」
こんなとこ――私は笑いをかみ殺しながら川井の顔を見たが、聞こえなかったかのように表情も変えず仕入れのノートかなんかを覗き込んでいる。もっともそれ以上不機嫌そうな顔をしろといっても無理に決まっているのだが。

「じつはずっと探してるものがあってここまで来たんだ。ひょっとしたらこの店なら手に入るかもしれないと思って。でもなかった」
ウェーヴのかかったくせ毛は櫛を通した形跡もない。小さなフレームの眼鏡はけっこう度が強そうだ。よく見ると、まだにきびの残るあどけない顔をしている。

「93年のバレット・テープスだそうだ」
下を向いたまま川井がぼそりといった。
「93年のバレット・テープス?」
思わず馬鹿みたいに繰り返してしまった。そんなものを今どき欲しがってるやつがいるとは思いもよらなかった。
「ヴィゴトーンのオリジナルが欲しいんだ」
若者はいった。

「それは無理だな」と私はいった。
「どうして? 店の名前をうわさで聞いてわざわざ田舎から出てきたんだ。オヤジさんにそういうと、遼さんなら持ってるかもしれないっていわれた」
やれやれ。私は睨みつけてやりたかったが、川井は相変わらず下を向いたままだ。
「そんなに帳簿を覗き込まなくちゃいけないほどこの店は儲かっているのか」
憎まれ口を叩いてやったが川井は涼しい顔をしている。

バレット・テープスというのは昔から人気のあったアイテムだ。
もともとは1980年ごろ、ジョン・バレットという英国EMIのレコーディング・エンジニアが病気療養中にアビーロード・スタジオの倉庫に眠っていたビートルズのスタジオ・セッション・テープを調査して、そこから出てきた膨大な未発表音源を整理する際に、メモ的にカセット・テープにコピーしたといわれるものだ。
バレットは結局音源を整理しただけで病死してしまうのだが、彼が精査した結果は今日のビートルズ学の基礎となるマーク・ルーウィスンの労作『The Complete Beatles Recording Sessions』の資料となっただけでなく、その後EMIからリリースされた『アンソロジー』プロジェクトのベースとして実を結んだ。

しかし、そもそも「バレット・テープス」と呼ばれるカセット・テープは実在したのだろうか。
ジョン・バレットがEMIの倉庫を調査している間にその音源をこっそりコピーして外部に持ち出すことは、当時のアビーロード・スタジオの状況からいえばけっして難しいことではなかった。
バレットの調査は何か月にもわたって辛抱強くつづけられたが、その日の作業を終えたバレットがベッドに戻ったあと、マスター・テープやそこからコピーされたサブ・マスターはスタジオのコンソールの上に放り出されたままだったからだ。
今のように厳重に金庫に保管されてだれも近づけない状態ではなかった。
それらをこっそりと複製した何者かが、金額を吊り上げるために考え出したもっともらしい名前が「John Barrett's Cassette Dubs」というブランドだったのではないか。
アビーロード・スタジオの名前の入ったカセット・テープの、いかにもそれらしい写真が流出したこともあったが、私は怪しいと思っていた。
第一もとがカセットとは思えないほど高音質なのだ。
音源自体は紛れもなく未発表のビートルズのセッション・テープなのだが、「バレット・テープス」というカセットそのものは存在しないのではないか。
私はそう思っていた。実物を目にするまでは。

きっかけは2004年にパリで開かれたインターナショナル・ビートルズ・コンヴェンションの会場で新たに出品された6枚組のディスクだった。
80年代のアナログ・ブートレグを髣髴とさせるようなチープなスリーヴがつけられただけのプラスティック・ケースに収められたCD-Rだったが、その内容は驚異的だった。
今までさまざまな業者から切れ切れに出されていた音源が、整然と収録順に並べられ、しかも今までのどのシリーズよりも高音質だったのだ。
それを誇示するかのように、粗末なスリーヴの上部には「DIRECT MASTER RECORDING」と印刷されていた。

私は持っていたあらゆる特別なコネクションを駆使して出品者にたどり着いた。
本人は最後までとぼけていたが、彼がそのCD-Rの製作者に間違いなかった。
2メートルはあるかと思うほどの長身でしかも巨漢の男だった。長いブロンドの髪を後ろで束ね、毛むくじゃらの手をせわしなく動かしながらドイツなまりの英語で「時間がないんだ」と繰り返した。
しかし彼も日本が世界有数のマーケットであることには反論できなかった。
彼は諦めたようにパリの小さなホテルの部屋に私を案内し、そこで黒い鉛のようなケースに入った22本のカセット・テープを見せてくれた。
「自宅に置いておくより持ち歩いたほうが安全なんだ」と彼は笑った。
「ただし空港の金属探知機は気をつけなくちゃならないがね」
以前出回った写真とは違って日本製のカセット・テープだった。レーベルには私の知っているジョン・バレットの筆跡にそっくりな字体で、大ざっぱなタイトルなどが書かれていた。もちろん新品ではないが、保存状態は悪くない。マスター・テープからのダイレクト・コピーだったらすごい音がしそうな気はした。
本物だ、と思った。

   

「どうして93年のヴィゴトーンなんだ?」
川井が口を開いた。
ヴィゴトーンというのは、バレット・テープスのブートレグの中ではもっとも初期の1993年にアナログ盤をリリースしたレーベルのひとつだ。
「一昨年コンプリート版が出ただろ」
「持ってますよ、もちろん」
パリで巨漢のブートレガーと話した1年後に、その6枚組はプレスCDの製品版として市場に流れた。1,000セットの限定版だった。

青年は私のほうを向いてあとをつづけた。
「でも、1曲だけコンプリートじゃなかった」
川井がぽかんと口をあけて私を見た。
「ほんとなのか、太刀木さん」
川井のこんな間の抜けた顔を見たのは初めてだった。
「どういう意味だ」と私は若者に尋ねた。
Disc-4に『ディス・バード・ハズ・フロウン』が全部で3テイク入ってますよね?」
「ディス・バード・ハズ・フロウン」というのは「ノルウェイの森」の初期のタイトルだ。
「それのテイク3」とにきび面の若者がいった。眼鏡の奥の眼が輝いている。
「曲が終わって最後にジョージ・マーティンが『OK、ジョン』というやつだな」
「ヴィゴトーン版ではそのあと、ほんとうに微かなんだけどジョージ・ハリスンが笑いながら何かつぶやく声が入ってました。コンプリート版はそこが消えてる」

今度は私が驚く番だった。
「どうしてそこまで知ってる?」
「ぼくは10年以上も前、当時熱烈なファンだった同級生からヴィゴトーン版をカセットにコピーさせてもらって、それこそテープが擦り切れるほど聴いたんです。ジョージのはにかんだような笑い声が好きでした」
「ジョージは自分のシタールの出来に自信がなかったんだろう…。ところで君は今いくつなんだ?」
「23ですけど。どうして?」
ということは、この若者もその友人も小学生だったわけだ。
私はため息をついた。
「1時間後に下の『ラ・スクムーン』という喫茶店で待っていてくれ」
それから川井のほうを向いていった。
「貸しはそのうち返してもらうぞ」

きっかり1時間後、私は2枚組のLPレコードを持って喫茶店の椅子に腰かけていた。
「いいんですか?」
若者は少年のように頬が赤かった。
「いいさ。おれだってもう擦り切れるほど聴いた。それに…」
私はコーヒーを味わった。
「あんたがあの店の名前を広めてくれたら、川井もおれに何か礼をしようという気になるだろう」
「ありがとうございます!」
青年は勢いよく頭を下げて
「でもどうしてコンプリート版ではカットされてたんですかね」
「フェイクだ」
私は苦い思いでつぶやいた。
「フェイク?」
「コンプリート版も本物じゃなかったってことだ。あちこちからかき集めた音源をデジタル・リマスタリングして化粧直ししたんだろう」
「テイク3に限っていえば、一番状態のいい音源はジョージの声が消えてしまったヴァージョンだった?」
「そういうことだろうな」
「なんだかがっかりですね」
「ブートなんてそんなもんだ。あんまり深入りはしないほうがいい」
「どういう意味ですか」
若者は笑っていた。あんたにそんなことをいう資格があるのか、といいたかったのだろう。
「今はデジタル化されたファイルをいじれば素人でも簡単にフェイクが出来る時代だ。バレット・テープスはもともとが本物のセッション・テープだから、まだ罪は軽い。だがこの世に存在しないものだって作り出せる世の中だ」
私はいったん言葉を切った。
「バレット・テープスはまたもやまぼろしに終わった。だがものがビートルズだけに動いた金も大きかった。コンプリート版を持ち込んだ男はもうこの世にはいない」
青年が息を吸い込むのがわかった。
「恐いのはその男自身がフェイクに気づいてなかったフシがあることだ」
若者は大きく息を吐き出しながらいった。
「怖ろしい話ですね」
「アナログの時代はまだ本物と偽物がはっきりしていた。そのころにはブートの世界にも仁義みたいなものがあったんだが…」
席を立とうとすると若者がいった。
「遼さん、あと一つ聞いていいですか」
「なんだ?」
「太刀木って珍しい苗字ですけど、本名なんですか」
わたしはひと呼吸おいて彼に背を向けながらいった。
「子どもに『立ち退き料』なんて名前をつける親はいない」




最後までお読みいただきありがとうございました。
この記事を書くに当たってコレクターズ・ショップ「JUNK HEADZ」のサイトを参考にさせていただきました。
なお、今晩から4日ぐらいの予定で母の住む倉敷に帰省します。
その間コメントのお返事とかはできませんが、もし感想などをいただければ幸いです。
                                                                                        special thanx to Mr.Terada


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コメント 14

deacon_blue

☆ こんばんは。「そのお店」の近くにかつて「80’s Factory」という伝説的なライブハウスがあったことを覚えています。
by deacon_blue (2007-08-11 18:25) 

路傍の石

推理小説さながらのストーリー楽しませていただきました。考えてもみればブートを生みだすブラックマーケットこそミステリーの世界そのものですよね(笑)。

暑い日が続きますが、くれぐれも体調を崩されないようにご自愛ください。
by 路傍の石 (2007-08-11 20:32) 

Billy

はじめまして、ブログやHPをいつも楽しく拝見させてもらっています。
今回の物語、楽しく拝見しました。
「ウルトラ・レア・トラックス」「アンサーパスト」などは
このバレット・テープが源泉だったのですよね?
いろんな想像をすると益々楽しくなります。
by Billy (2007-08-11 20:39) 

MASA

元・文学青年、遼さんの「本"遼"発揮」ですね^^。面白く拝読させていただきました。

こちら札幌も30度前後の暑い日が続いていますが、倉敷も暑いでしょうか。道中お気をつけて^^。
by MASA (2007-08-11 21:28) 

hamakaze_ataru

去年の帰省中はワタナベさんとビートルズでしたね。
1年早いなぁ・・・

おもしろかったなぁ・・・遼さんってすごいなぁ・・・
こんな小説発売されたら絶対買いますよ。
重箱突っつき派にはたまらんキーワードが
たくさん出てくるし、「ドイツなまりの英語」というあたりが
たまらなくリアリティーがある設定で楽しめました。
長編で読みたいなぁ。
by hamakaze_ataru (2007-08-12 14:18) 

Jun-Chan

長編で読んでみたくなる程、面白かったですよ。
1996年に出版された「ビートルズの遺産」という小説みたいに面白く読みました。
いっそのこと、コーナーを作って連載されてみたら如何ですか?
by Jun-Chan (2007-08-14 09:36) 

てらだ

軽く読み流そうかと思っていたら(笑)バレット・テープスの文字が見えたので慌てて最初からじっくり読ませていただきました。

バレット・テープスからこんな面白い小説を生み出す発想が遼さんらしいですね。
地味な(?)ジャケット写真が、黒をバックに輝いて見えるセンスの良さにも脱帽です。

余談ですが、こんなカセット(エンドレスかな?)って実際にあったのでしょうかねえ。
by てらだ (2007-08-14 19:28) 

parlophone

deacon_blueさん、nice!&commentありがとうございます。

>「そのお店」の近くにかつて「80's Factory」という伝説的なライブハウスがあった

そうだったんですか~。
知らんかったなあ(←って、ヲイヲイ)
あ、でも同じブートを扱う店で「70's Garage」という店ならありましたよ(爆。
by parlophone (2007-08-16 12:02) 

parlophone

路傍さん、お気遣いありがとうございます。
路傍さんのほうはお体は大丈夫でしょうか。

>考えてもみればブートを生みだすブラックマーケットこそミステリーの世界そのもの

現在はその主流はわが国みたいですが(笑)、ヨーロッパでブートがどんどん作られていたころって、なんだか興味津々です^^
by parlophone (2007-08-16 12:04) 

parlophone

Billyさん、初めまして。
ようこそいらっしゃいました。
管理人の遼と申します。
今後ともよろしくお願いいたします。

>「ウルトラ・レア・トラックス」「アンサーパスト」などは
>このバレット・テープが源泉だったのですよね?

だと思うんですが、「ウルトラ・レア~」や「アンサーパスト~」の高音質な音を耳にすると、「これがカセット?」と思いますよね。
やっぱり謎の多いブツだと思います(笑。
by parlophone (2007-08-16 12:10) 

parlophone

MASAさん、どうもです。
昨日の深夜(あ、きょうの未明か)帰ってまいりました。
倉敷もすごく暑かったんですが、札幌も暑そうですよね~。
時節柄ご自愛ください。

>面白く拝読させていただきました

ありがとうございます。
そういっていただけるとウンウン唸りながら書いた甲斐がありました。
by parlophone (2007-08-16 12:11) 

parlophone

大安さん、どうもです。

>去年の帰省中はワタナベさんとビートルズでしたね。
>1年早いなぁ・・・

よくおぼえていらっしゃいますね。
そうなんですよ、あれから1年、続編が書けてません(爆。
いちおう執筆中なんですが、記憶の曖昧な部分も多々ありまして…^^;

>「ドイツなまりの英語」というあたりがたまらなくリアリティーがある設定

おお、ありがとうございます!
なんだか喜んでいただけたみたいで、たいへんうれしいです^^
by parlophone (2007-08-16 12:14) 

parlophone

Jun-Chanさん、どうもです。

>長編で読んでみたくなる程、面白かったですよ

ありがとうございます。
とりあえず短いので、なんとかボロが出ずに収まったという感じでしょうか^^

>いっそのこと、コーナーを作って連載されてみたら如何ですか?

ちょっと書きかけてみたのですが、なかなか難しいようです^^
by parlophone (2007-08-16 14:33) 

parlophone

てらださん、どうもありがとうございました。

>バレット・テープスの文字が見えたので慌てて

じつはそのあたりをねらってみました(笑。
こんな長い文章を読んでくださる方って、よっぽどビートルズとかブートレグとか、そういうものに興味ある方じゃないとムリっぽいと思ったので、イントロを短めに設定しないと(笑。

>バレット・テープスからこんな面白い小説を生み出す発想
>地味な(?)ジャケット写真が、黒をバックに輝いて見える

過分なお褒めの言葉で恐縮です。
やっぱりブラック・マーケットってなんか恐いけど覗いてみたい、ってところありますよね?

>こんなカセット

オープン・リールをカセットの中に組み込んだのって、ドイツのBASF、日本のTEAC、YAMAHAあたりから出てたような気がします。
でもエンドレスじゃなかったと思いますねえ。
by parlophone (2007-08-16 14:40) 

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