追悼―ジョン・レノン [BEATLES]
今年もまた12月8日がやってきた。
去年のDAYS OF MUSIC & MOVIES(旧日記版)にも書いたように、25年前のその日ぼくは仕事中にオフィスのストーヴの前でそのニュースを聞いた。
そのときのことはよく覚えている。
最初その言葉の意味がよくわからなくて、それからゆっくり悲しみや怒りや、いいようのない虚脱感がやってきた。
ただ、そのころぼくはビートルズやその周辺の熱心なリスナーではなかったので、そういう感情を文字や写真といったもので慰藉しようとしたり埋め合わせようとは思わなかった。
だからぼくの周りにはジョンを追悼する雑誌のたぐいはまったくないのだが、何年か前に古本屋で1冊の本を買った。
シンコー・ミュージックから出された『ミュージック・ライフ』の臨時増刊号で、『追悼版 ジョン・レノン ―愛と死の鎮魂歌―』という雑誌である。
20数年前の雑誌とはいえ、ジョンの追悼特集の臨時増刊号が250円で売られているというのも複雑な気持ちだったが、ジョンの死を当時の人々がどのように受容していったかということにも興味があって買ってみたのだ。
ジョンが打たれた直後のダコタ・アパートやオノ・ヨーコのようすを伝える写真もあって生々しい。
ウィルフレッド・ディアス、クライヴ・バーンズといった米ジャーナリストの記事のほか、星加ルミ子、林洋子(『ミュージック・ライフ』)の記事、さらには福田一郎、亀淵昭信、横尾忠則、内田裕也、財津和夫、石坂敬一などのコメントが記載されている。
そしてぼくの目を引いたのは、晩年のジョンの何枚かの写真。
そこには20代前半の、TVカメラに向かって悪ふざけの表情を作っていたアイドル時代のジョンとは似ても似つかない、まるで猛禽類を思わせるような、鋭角的で厳しい表情のジョンが写っていた。
「Beautiful Boy」というような胸が熱くなるような歌を書きながら、一方でジョンはどんな思いを抱いていたのか、ひどく気になる晩年のジョンの写真なのだった。
今年も12月8日がやってきましたね…自分のブログにも書いたのですが今年は忙しすぎて特別なことが出来そうにありません。ファンの方々のブログを観て気持ちを共有したいと思います。合掌…
by 氷春友 (2005-12-08 00:50)
氷さん、コメント&トラバありがとうございます。
毎年のこととはいえ、なかなかつらいですね。
ぼくも何か特別なことはできませんが、一日彼のことを考えながら過ごしたいと思います。
こちらからもトラバさせていただきます。
by parlophone (2005-12-08 01:11)
これほど、強いメッセージを残した音楽家はいないのではないでしょうか。
http://blog.so-net.ne.jp/kenta-ok/2005-12-08
by kenta-ok (2005-12-08 01:14)
当時私は高校生でしたが、とても信じたくありませんでした。
追悼本も何も買っていません。心にふたをしたような日々でした。
今、見ると貴重な本ですね。古本屋で見つけられたというのが
素晴らしい。
晩年のジョンについては、すべての贅肉(精神的なものも)をそぎ落とした
シンプルな境地を悟ったのではないか、それがあの容貌に表れていたのでは、と思います。
by gbsatomi (2005-12-08 04:14)
おおお、お昼休みにparloさんのこのブログを見るまで完璧に忘れてました。
ジョンの命日だったこと。ありがとうございます。四半世紀じゃないですか!
私は中学生で、期末テストの1日目か2日目が終わって友だち4、5人で
ゾロゾロ帰宅途中に、洋楽ファンの純子ちゃんが向こうから走ってきて
「大変だよ!ジョンが死んだ!!」
すると私以外の皆んなは「それってなにじん?」とか「カオちゃんちの犬の
名前ジョンだったよね~?」とか口々に言ってキョトンとしている感じで
私は本当に、こいつらホンマモンのバカだ!と思いながら呆然と家路に
ついたものでした。
その時もそれ以降も、私はあまり人とジョンの死について共有したことは
ありません。あの時の孤独な感覚がずっと続いています。
私はいつでも、ジョンは別に「平和の使者」ではなく、一介のミュージシャンで
しかないと思っているので、「命日に今一度イマジンを聞いて平和の意味を
問い直そう!」みたいなムーヴメントは興味がありません。
ジョンは世界の平和を願っていたのではなく、心の平和を望んでいただけの
ような気が個人的にはずっとしています。
命日の今日、今一番彼の曲で何を改めて聴いてみたいか考えてみましたが
・・・"Dig a Pony" かなー。
by milk_tea (2005-12-08 13:22)
12月8日・・・そうでしたね。僕も仕事中、「そのこと」を昼頃のカーラジオのニュースで知りました。最初の頃のニュースでは「・・・が射殺されました」としか表現せずアタマの中は「???」 夜、音楽仲間(ドラム君)の部屋に5~6人が集まり・・・いろいろとジョン・レノンの話しになりました。ドラム君のバンド仲間でジョンに入れ込んでいた奴は泣いていたそうです。あれから、もう25年も経ってしまったのですね・・・。
by bassclef (2005-12-08 13:59)
遼さん、今晩は。
何だかとても不思議ですよね。
僕はジョン・レノンを音楽、映像でしか知らないのに喪失感に似た気持ちになる。
当然、個人的な付き合いがあったわけでもないのに喪失感にも似た気持ち。
僕は皆さんのように、訃報のニュースですらリアルで体験していないのに奇妙です。
ジョンは生涯現役のイメージが個人的にあるので
たとえば、9/11のときにはどんなことしただろう? あのニュースには、どんな反応してどんなことしたかな?
とか考えて、そして改めて「彼の不在」に思い知らされてしまい喪失感を思うのかも。
僕は文章がヘタだなぁ。
by 幻燈遮断機 (2005-12-08 21:28)
毎年この日がやってくるとどんよりとした気持ちになりますね。
この本、私は当時リアルタイムで買いました。しかもなぜか2冊あります。
他にもミュージック・マガジンの臨時増刊「ジョン・レノンを抱きしめて」など、いろんな追悼本が出ましたね。
当時の新聞の記事の切り抜きや、各局のテレビのニュースやワイドショーでの特番などを録画したビデオは今でも大切にとってあります。
milk_teaさんが書かれていた、
>私はいつでも、ジョンは別に「平和の使者」ではなく、一介のミュージシャンでしかないと思っているので、「命日に今一度イマジンを聞いて平和の意味を問い直そう!」みたいなムーヴメントは興味がありません。
>ジョンは世界の平和を願っていたのではなく、心の平和を望んでいただけの
ような気が個人的にはずっとしています。
このご意見、激しく同意です。
愛と平和の使者扱いはもうウンザリですね。「Imagine」の歌詞の内容ばかりがクローズ・アップされ、そこだけ勝手に一人歩きして、等身大のジョンからどんどん離れていっている気がしてなりません。
わがままで世間知らずでガキでマザコンで、でも偉大な音楽家で世の中の静穏無事を願ったロックン・ローラー。それら全てをひっくるめてジョンですよね。
by MASA (2005-12-08 22:09)
遼さん、こんばんは。
僕がジョンの死と接したのは、社会人1年目の事でした。
ちょっと臭いかもしれませんが、素直に青春が終わったと思ったのを覚えています。
最大の衝撃の出来事でした。今思っても残念です。
ただ、不謹慎ながらジョンらしい最後だとも感じておりました。本当に不謹慎な事ですが。
by 3-savile-row (2005-12-08 22:25)
kenta-okさん、初めまして。
コメントありがとうございました。
ダコタ・アパートの前の写真、幻想的ですね。
これからもよろしくお願いします。
by parlophone (2005-12-08 22:42)
gbsatomiさん、コメント&トラバありがとうございます。
>すべての贅肉(精神的なものも)をそぎ落としたシンプルな境地を悟った
>のではないか、それがあの容貌に表れていたのでは、と思います。
だといいですね。
それだとあの容貌はなんの問題もありません。
でも自分の40歳のときを考えると、精神的には20代のころと変わらずまだまだガキでいろんな我執にまみれていました(←って、今もそうですが^^;)
ジョンも同じように人間的な苦悩や欲望を抱えていたのではないかという気がするのです…(自分と同じレベルでジョンを捉えてる前提からして間違ってますが…笑。
by parlophone (2005-12-08 22:49)
milkさん、どうもです。
「Dig a Pony」ですか。
これまた意表を衝いた…(笑。
ぼくは「フリー・アズ・ア・バード」を聴いてみようかなあ (…ってこの時間になってもまだ聴いてない^^;)
ジョン=平和の使者(平和運動家)説については書き出すと長くなるので、あらためてブログで記事にしようかと思っています。
>私はあまり人とジョンの死について共有したことはありません。
>あの時の孤独な感覚がずっと続いています。
くぅ~、milkちゃん、おちゃらけた(ゴメン!)表現の裏にそれとなく翳があって素敵です!
それにしても犬といっしょにされるジョンが不憫だ…。
by parlophone (2005-12-08 22:58)
bassclefさん、どうもです。
その夜に音楽仲間と話ができたというのがうらやましいです。
ぼくはその日何をしていたのだか?
ニュースを熱心に見た記憶もないのです…とほほ。
by parlophone (2005-12-08 23:01)
幻燈さんの不思議な感懐については理解できるような気がします。
ジャズ・ミュージシャンになると、ロックのミュージシャンよりさらに悲劇的な死を迎えた人が多いですよね。
先日ブログに書いたワーデル・グレイもそうですが、ライヴ中に楽屋で妻に射殺されたリー・モーガンとか、立ち入り禁止になっていたクラブに酔って入ろうとしてガードマンに撲殺されたジャコ・パストリアスとか、朝運河に水死体となって浮かんでいたアルバート・アイラーとか…。
自分の好きなミュージシャンがそういう理不尽な亡くなり方をしたということを知ったときの何とも言えぬ喪失感というか虚脱感というか…。
ああ、ちょっと違うかもしれないけど…^^;
by parlophone (2005-12-08 23:10)
MASAさん、切抜きやビデオも今となってはお宝ですね。
今度DVDに焼きなおすときはぜひぼくにも1枚焼いてください(笑。
上にも書いたように、その日の夜ぼくが何をしていたのか記憶がないのです…。
>わがままで世間知らずでガキでマザコンで、でも偉大な音楽家で…
まったくそのとおりだと思います(笑。
by parlophone (2005-12-08 23:14)
marthaさん、どうもです。
>最大の衝撃の出来事でした。今思っても残念です。
ほんとですね…。
ほんとうにこの言葉にすべてが集約されるような気がします。
by parlophone (2005-12-08 23:18)
PARLOPHONEさん、こんばんは。
1980年はまだ私は影も形もない時代でしたが、当時を振り返る映像や雑誌に目を通すとどれだけ大事件だったかを思い知らされます。
ビートルズの音楽を聴き始めてからいつもこの日になってくると悲しいきもちで一杯です。
今でも「もし彼が生きていたら・・・」なんてことを考えています。
この時を通して彼の残したメッセージ(歌)をもう一度よく聴いて彼が何を伝えたかったを自分なりに考えていきたいと思います。
全然文章にならなくてすみません・・・。
by だー (2005-12-08 23:50)
だーさんのような若い方にもこれほど悲しい思いをさせるジョンって、やっぱりスゴイですね~。
だーさんのビートルズやジョンに対する思いをもっと聞いてみたいです…。
by parlophone (2005-12-08 23:58)
遼さん
こんにちは。
V.J.です。
正直、熱狂的なレノン信奉者でない僕が12月8日は、色々な方のBlogのジョンの記事を拝読して、思う事が沢山あり、また、自分の中でかなり大きな部分をジョンレノンが占めていた事を認識して驚いています。
殆ど洋楽を聴いた事も無かった頃にこの事件は起きたのですが、それでもちゃんと当時のニュース記事が思い出される事自体にも驚いていたりするんですよね。
彼の偉大さを改めて認識した1日でした。
by V.J. (2005-12-09 11:16)
どうも。
昨日は仕事が忙しく、ジョンに浸る時間がありませんでした・・・。
ブログにも書きましたが、NHKニュースで取り上げられるとは思いませんでした^^それだけ大きな出来事なんですよね。
毎年、普段あまり聴かないジョンの曲を聴いて偲んでいるのですが、今年はほとんど出来ませんでした・・・。今日もいっぱい聴くぞーー!
by 黎 (2005-12-09 13:54)
はじめまして。
毎日HP寄らせていただいております♪
今日は大好きなジョンの命日。
私は毎年、日本時間の今日9日、ジョンが天国に召された時間にお祈りをしています。
今年は特に感慨深いものがあります。
私は今年、とうとうジョンと同じ年になってしまった。
誕生日が同じなのでこれからは毎日ジョンより年を取っていくわけで・・・
ジョンはこの年で世の中のありとあらゆるものを見てしまっていたんだなと思うと、まだまだ子どもの自分を反省するとともに、あまりにも早く逝ってしまったジョンは本当に悔しかっただろうなぁと思います。。。
会社に入ってからも欠かしていないので、平日の場合は有給とっています。
勿論今日も!
12時50分から今まで聴きまくりでした。
皆さんも書かれていますが、私にとってもジョンは「偉大なロックンローラー」ただこれだけ。いつまでたってもかっこいいロック親父です。(今日から年下だけど♪)
by OCEAN (2005-12-09 17:49)
こんばんは。いやぁいつにも増して大にぎわいですね。そのシンコーの本は拙はリアルタイムで買いました。一番最初に出た追悼本だったように記憶してます。
ジョンといえば何故いつも「imagine」なのと思ってはいますが、拙の最初のジョン体験が「Imagine」で、「平和を我らに」の人でした。ということで、ベタな内容になってしまいましたが、そのTBさせていただきました。
by 夜明けのティーンエイジャー (2005-12-09 22:35)
V.J.さん、どうもです。
>自分の中でかなり大きな部分をジョンレノンが占めていた事を認識して
>驚いています。
おお、そうだったんですか。
今までV.J.さんのブログにそんなにビートルズ関係が出てくることはなかったので、ぼくにとっても意外でした^^
それにしてもいろんな方がブログでジョンのことを取り上げてらっしゃいますよね。
あらためて日本におけるジョンの人気の高さを実感させられました。
by parlophone (2005-12-10 17:31)
レイコさん、コメント&トラバありがとうございました。
ぼくもけっきょくジョンの曲もビートルズの曲も1曲も聴きませんでした^^;
今夜でも時間があったら聴こうかな(笑。
こちらからもトラバさせていただきます。
by parlophone (2005-12-10 17:33)
OCEANさん、初めまして。
ようこそいらっしゃいました。
お名前はよく拝見するような気がするんですが、どこでお見かけしているのか思い出しません…(笑。
そうですか、40歳ですか。
これからドンドン新しい人生が開けていく充実の世代ですね~。
思えばジョンもそういうときに亡くなってしまったわけで、残念だったでしょうね。
それにしても有給を取ってジョンを聴きまくる、なんて意気ですね!
ぼくもやってみたいなあ~^^
by parlophone (2005-12-10 17:45)
夜明けさん、いつもどうもです。
ブログ拝見しました~。
>生れて初めて聴いたジョンのソロ・ナンバーが「Imagine」
って、なんだか意外だなあ。
でも、さぞかしショックだったでしょうね。
ぼくはジョンからもビートルズからも遠ざかっていたので、そういう意味ではショックが少なくて幸いでした。
どっぷりの時代だったらしばらく立ち直れなかったかもしれないなあ~。
こちらからもトラバさせていただきました。
by parlophone (2005-12-10 17:49)
以前にGET BACKのBBSにもカキコしましたが、学校からの下校途中の電車の中でJohnの死を知りました。夕方くらいだっけな。
塾から帰ってきてからTVでJohnのNewsを色々と見ましたが、"Stand By Me"のFilmばかりでした。翌日10日の朝刊は渋谷駅で色々と買いあさったのを覚えてます。今でも「報知」や「日刊」などを持っています。シンコー・ミュージック刊のこの本「愛と死の鎮魂歌」も買いました。なぜかBeatlesの来日特集号まで付いてましたが。
早いもので、もう4半世紀です。
by かず (2005-12-10 18:14)
かずさん、お久しぶりです。
>塾から帰ってきてからTVでJohnのNewsを色々と見ましたが、
>"Stand By Me"のFilmばかりでした。
あ~、そうだったんですか。
ダコタ・アパートの前で献花する人々の映像はなんとなく覚えているんですが、
あとは記憶が曖昧で…(笑。
ホント、もう四半世紀ですよね…。
by parlophone (2005-12-10 19:26)