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雨のヴィレッジ・ヴァンガード [にぎやかな夜、その他の夜]

梅雨というよりまるで集中豪雨のようだった先週の金曜日の夜、仕事仲間の飲み会があった。
いつもならJRで行くのだが、妻が送ってくれるという。
あまりにすごい雨なので厚意に甘えることにした。

妻のクルマは最近CDチェンジャーの調子があまりよくないみたいで、MDをかけることが多いのだが、そのときは珍しくFMがついていた。
しばらくすると助手席に座った娘がバレエの練習の疲れのせいかうとうとし始める。
FMのにぎやかなおしゃべりを避けて妻は1枚のMDを挿入した。

流れてきたのはビル・エヴァンスの「Waltz for Debby」だった。
ぼくは思わずこころのなかで「ほう」とつぶやいてしまった。
陰鬱に垂れ込めた雲と、絶え間なく降り注ぐ雨。
鈍色の空にエヴァンスの愛らしいワルツのテーマが素敵に似合った。

   

それからがおもしろかった。

ぼくが座っているのは助手席側の娘の後ろの座席だ。
エヴァンスのピアノは右のスピーカーからやや遠めに聞こえ、スコット・ラファロのベースがすぐ左のスピーカーから沸きあがってくる。
それは大げさにいえば「かつてないスリリングな体験」だった(笑。
もちろんポール・モティアンのドラムスも対等なインプロヴィゼイションを仕掛けてくるのだが、エヴァンスとラファロのデュオは、まるでヴァイオリン・ソナタにおけるピアノとヴァイオリンのように、ときには恋人のように、ときにはライヴァルのように、寄り添ったり競い合ったりして音楽を美しく前進させてゆく。
いつもはピアノの側から聴くインプロヴィゼイションをベースの側から聴くと、端正な緊張感が存在しているのに気づかされるのだった。

そんな体験がおもしろかったぼくは、日曜日の夜、左チャンネルのスピーカーの前でビル・エヴァンスのCDを聴いたのだった。
考えてみると、昔ジャズ喫茶に通っていたころには、バランスのいい中央の席に座れることは稀で、片方のスピーカーに近い座席に座ることがふつうだった。
パラゴンの左チャンネルの真ん前に座ったこともあったなあ(笑。
こうやって聴いてると忘れかけていた学生時代のことが甦ってくる…。

などと感慨に耽っていたところにいきなり来た!

ぼくはいつのまにかヴィレッジ・ヴァンガードの客席に座っているような錯覚に襲われたのである。
小さなクラブのような場所でライヴが行われるとき、ぼくらは必然的にミュージシャンの間近に陣取ることになる。
アート・ペッパー(as)カルテットのときも、ミルト・ジャクソン(vib)~レイ・ブラウン(b)クインテットのときもそうだった。
目の前にベーシストがいたり、ドラマーがいたりしたのだ。

   
    (オリン・キープニューズが自らA&Rとして録音に立ち会ったヴィレッジ・ヴァンガードでの
    レコーディング・シート。「Waltz for Debby」は「Debbie's Waltz」と記されている)

2本のスピーカーを結ぶ線を底辺とする三角形の頂点に座るだけがオーディオの楽しみかたではない。
たまには片方のチャンネルの前に座ってみる。
それがとくにライヴのCDだったりすると新しい楽しみかたになる。
そんなことを実感した夜だった。


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路傍の石

おお!おっしゃるとおり、面白い発見ですね。スコット・ラファロのブンブン唸るベースの向こうから聴こえるエヴァンスのピアノなんていうのは面白い聴き方です。
それ以外にもダニー・リッチモンドのシンバルの乱打に霞むズート・シムズとか、ジョニー・グリフィンのいななくテナーに蹂躙されるセロニアス・モンクなんていうのも楽しいかもしれません(そんなバランスで聴くことができるか未確認ですけど)。
by 路傍の石 (2007-07-13 00:40) 

parlophone

路傍さん、どうもです。

>スコット・ラファロのブンブン唸るベースの向こうから聴こえるエヴァンスの
>ピアノなんていうのは面白い聴き方です

お、路傍さんも未体験でしたか。
これはこれでなかなかスリリングで引き込まれます^^

>ダニー・リッチモンドのシンバルの乱打に霞むズート・シムズ
>ジョニー・グリフィンのいななくテナーに蹂躙されるセロニアス・モンク

わはは。
おもしろそうですね!
個人的にはグリフィンのテナーってあまりにも饒舌すぎて、ちょっと飽きるところがあるので、モンクの側から聴きたいなあ(笑。
by parlophone (2007-07-13 01:30) 

deacon_blue

☆ このブログの記事は新鮮な発見でした(^o^)。
by deacon_blue (2007-07-13 08:25) 

素敵なお話でした!
奥様のセンスにも脱帽です。

しょぼいネタで恐縮ですが、ぞう家ではよく、だんなの学生時代の自作
真空管アンプの調子が悪く、左右の音量が大小に聴こえたりしてました。(笑)
さすがに雑音が入ってきた時には、買い替えを決めましたが。

それとJAZZ喫茶ではないけれど、スタンディングのライヴでは必ずと云って
いいほど好きなプレイヤーの前で観るので、同じような現象が起こります。
生で観るからには少しでも大きいサイズで、という浅はかな
ファン心理からです・・(´ x `;)←おばか
by (2007-07-13 10:41) 

parlophone

deacon_blueさん、いつも nice!ありがとうございます。
お役に立てましたかしら(笑。
by parlophone (2007-07-13 19:51) 

parlophone

あるじさん、いつも nice! とコメント、ありがとうございます。

>自作真空管アンプの調子が悪く、左右の音量が大小に聴こえたりしてました

いいですね~。
手作りの小出力のアンプにはメイカーが製造した大出力のアンプとはまた違った味わいがあると思います。
それが真空管なら、また格別でしょう。
左右の音量のアンバランスなんて気にしない気にしない(笑。

>スタンディングのライヴでは必ずと云っていいほど好きなプレイヤーの前で観る

あ、そりゃあそうですよね!
こんなところで世代の違いがモロに…^^;
ぼくの体験はテーブルがあってお酒と軽い食べ物が出るようなライヴですから、座席固定です(笑。

スタンディングのライヴって行ったことあったっけ?(アセ
by parlophone (2007-07-13 19:58) 

こんばんは、再訪です。(笑)

>手作りの小出力のアンプ

機械音痴のあるじにはさっぱりなんですが、大学院で専門の
勉強をしていた時に教授と共作したのだとかで、
既製のものより音がいいんだと自画自賛しておりました。
たぶん使用環境があまり宜しくなくて故障した、らしいです。
(ホントに何も解ってない・・・)

今でもテーブルがあって、お酒と軽食つきのライヴが見られる
場所、ありますよね?
そういう所に行ったこともありますよ。
そりゃあ座席なしのが圧倒的に多いですけど・・・
開場と同時に入ったりすると、待ち時間が意外と疲れるんですよ。(笑)
by (2007-07-13 22:40) 

parlophone

あるじさん、再訪ありがとうございます。

>大学院で専門の勉強をしていた時に教授と共作した

それはすごいですね。
現役を引退した今でもきっとどこかに飾ってあるんじゃないでしょうか。
既製品でもMcIntosh(パソコンではなくアンプのメイカー)のMC275なんていうパワー・アンプは飾ってあるだけでも素敵です^^

>そういう所に行ったこともありますよ

いやあ、それはそうでしょう。
書き方がまずかったかもしれませんね…^^;
若い方はどちらも経験なさってる。
ぼくが片方しか知らないだけです(笑。

>開場と同時に入ったりすると、待ち時間が意外と疲れるんですよ。(笑)

なるほど~、そういうこともあるんだ~~
大うけでした!!^^
by parlophone (2007-07-13 23:28) 

鎚鋸

主役の楽器が変われば
その楽曲の映り方や感情、そして印象自体も
変わってきますよね!
改めてその楽しみ方に気づかせてもらえました。

特に彼等の場合は3人の誰もがメインになれ、
誰もがよきパートナーになれるトリオであったため
これ以降の名演が聴けなくなってしまった悲劇が
悔やまれます。

別件ですが、
『ライブ・ベック’06』お陰さまで購入致しました。
只今のローテ中でございます。
by 鎚鋸 (2007-07-13 23:37) 

parlophone

鎚鋸さん、nice! & comment ありがとうございます。

>主役の楽器が変わればその楽曲の映り方や感情、そして印象自体も
>変わってきますよね!

ああ、ほんとうにそのとおりですね!
ぼくはヴァイオリン・ソナタの演奏を初めて見たとき、そのスリリングなやりとりにびっくりしたんです。
レコードやCDで聴いているときには気づかなかったんですが、内在するリズムが自在に変化しながら音を紡いでゆく、その呼吸というのはまるで恋人たちのやりとりのようでした。

それがジャズのインプロヴィゼイションになると、今度はバトルの要素も入ってくる。
この3人によるピアノ・トリオはまた別次元ですからね。
ほんとうにおもしろい体験でした。

>これ以降の名演が聴けなくなってしまった悲劇が悔やまれます

オリン・キープニューズが書いたレコーディング・シートを眺めていたら、これが最後の録音になるなんて、想像もできなかっただろうなあ、とあらためて思い知らされました。

>『ライブ・ベック’06』

おお、届きましたか。
最後の「オーヴァー・ザ・レインボウ」もなかなかいいですよね^^
by parlophone (2007-07-14 00:31) 

MORE

>パラゴンの左チャンネルの真ん前に座ったこともあったなあ(笑。

そう言えば学生時代にパラゴンが置いてあるので有名だったジャズ喫茶がありましたよねー。どこだったっけ?
私も確か左チャンネルのまん前に座った記憶があります…

昨日はすっごく久しぶりに新宿ゴールデン街で飲みました。
南沙織の45回転をかけてくれたりキャット・スティーヴンス聴いたりと楽しい店でした。
その店、マイルズの大きいポスターが貼ってありましたがエヴァンスが聴けるかどうかは次回の楽しみに、ってことで…
by MORE (2007-07-14 17:42) 

parlophone

ああ、そういえばぼくもどこでパラゴンを聴いたのか忘れてしまいました。
ぼくがよく行くジャズ喫茶は2軒ともアルテックA-7でした。

パラゴンは決してうまく音楽を鳴らしているという感じではなかったんですが、中央のスウィート・スポットなんかに座れたらまったく別の体験ができたのかもしれないなあ、と残念に思います。

>昨日はすっごく久しぶりに新宿ゴールデン街で飲みました

ぼくも社会人になったばかりのころ一度だけお邪魔したことがあります^^
今にも田中小実昌さんあたりが現れそうな、味のある飲み屋でしたが、キャット・スティーヴンスは間違ってもかかりそうにありませんでした。
by parlophone (2007-07-14 20:00) 

DEBDYLAN

こんばんは~。
台風は暴れてますか?
僕の街は一日中雨でした。
せっかくの3連休なのに・・・
音楽を聴けというお告げでしょうか(笑)。

僕は最近、iPodで音楽を聴く時間が圧倒的に多いんです。
イヤホンからの音は右と左、はっきりと分かれています。
それはそれで、発見もあり楽しいんですが・・・、

やっぱり、音楽が空気と一緒に僕のまわりにある環境で聴くのが一番楽しいです。
耳だけじゃなく身体全体が音楽に包まれる、右とか左とか関係なく、いい音楽を心から楽しめる。
そんな些細な事が、最近は贅沢な時間となってしまいました(苦笑)。

コメントは上手くまとまらなかったんですが(汗)、
遼さんが記事に書かれた事、すっげーわかります。
by DEBDYLAN (2007-07-14 20:42) 

MORE

>やっぱり、音楽が空気と一緒に僕のまわりにある環境で聴くのが一番楽しいです。

悲しいですが同感です・・・
私も最近は音楽を聴くというと基本的にMP3をヘッドフォーンで、という状況になっています。
で、昔聴いた曲を昔聴いていた状況を反芻しながらデジャ・ヴ感覚を無理やり作って聴いてる、ってことなんでしょうか・・・
本当はやはり肌で音を感じたいですね。

>ぼくがよく行くジャズ喫茶は2軒ともアルテックA-7でした。

A-7って映画館とかシアターでPAとして使われるスピーカー・システムなんですよね、基本的には。
だから繊細さよりも大音量でちゃんと鳴る、という設計なんだと思います。
多分日本だけだと思います、あのスピーカーを家庭で使う人がいたりするのは・・・(ひがみ半分かもしれませんがねー)
私は手離してしまいましたが以前はJBLのSignatureを愛用していました。ジャズ・ヴォーカルとかピアノに関してはそれはそれはまろやかな音を出してくれましたよ。
by MORE (2007-07-14 22:12) 

parlophone

DEBDYLANさん、nice! & comment ありがとうございました。

ご心配をおかけしましたが、台風は宮崎に上陸したあと東に進路をとって福岡は通りませんでした。
そのぶん四国にお住まいの方が大変な目にあっていらっしゃるわけですが…。

さて、ぼくもMPプレイヤーで音楽を聴くことがだんだん増えてきました。
おっしゃるとおり、イヤホンで聴くとふだんは気づかなかった音がはっきり聞こえて、ハッとすることがあります。
ポールの新作なんかはスピーカーで聴くより、イヤホンで聴いたほうが楽しめる感じがします^^

>やっぱり、音楽が空気と一緒に僕のまわりにある環境で聴くのが一番楽しいです

そうですよね。
パイプオルガンが会場のすべての空気を震わしながら響き渡るのを聴くのはこの上ない悦びです。
AVルームではそこまではいきませんが、音楽に身体ごと包まれるというのはやはり贅沢な時間ですよね。
by parlophone (2007-07-14 23:27) 

parlophone

MOREさん、どうもです。

>A-7って映画館とかシアターでPAとして使われるスピーカー・システムなんですよね

ですね。
個人的にもあまり好きな音ではありませんでしたが、鳴らしこめばいい音になるんでしょうね。
日本には愛好家がたくさんいますから。

>以前はJBLのSignatureを愛用していました

おお、いいですね~。
ぼくの現用スピーカーはブランドだけはJBLですが、AV用なので、やっぱりそれなりの音だなあ…と思ってしまう部分もあります^^;
by parlophone (2007-07-14 23:30) 

鎚鋸

そうですね。
「不慮の事故」とはまさにこのことを言うのだと思いました。
遺作は必要以上に美化される傾向にありますが、
それでもこのライブは異彩を放つトリオ名演と
言ってしまってよいでしょう。

ベックの「オーヴァー・ザ・レインボウ」は
公式ライブ盤での初収録となりましたね。
これまで様々なカヴァやアレンジを聴いた曲でしたが、
彼の演奏は際立って
「本当にあの虹を越えられるんじゃないのか?」と
思わせるくらいのギターによる壮大さでしたよね。
しかしながら、彼はそんな自分自身を
更に越えようとするので脱帽です。
by 鎚鋸 (2007-07-15 03:56) 

parlophone

>遺作は必要以上に美化される傾向にありますが

そうかもしれません。
でも、このヴィレッジ・ヴァンガードとエリック・ドルフィーの『ラスト・デイト』はほんとうに美しい遺作ですね。
ほかにもまだあるかもしれませんが、とりあえず(笑。

>これまで様々なカヴァやアレンジを聴いた曲でしたが

2001年だったっけ、クラプトンのライヴに行きましたが、そのときのアンコールも「オーヴァー・ザ・レインボウ」でした。
クラプトンとベックの2人がこの曲を取り上げるというのはおもしろいですね。

>彼はそんな自分自身を更に越えようとするので脱帽です

ほんとうにそうですよね!
どこまで進むのだろうと目が離せませんね!
by parlophone (2007-07-15 14:30) 

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