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『MISSLIM』――ユーミンのアルバム(by 3 songs) [ユーミン]

   

ユーミンがレコード・デビューした1973年はぼくが大学に入った年である。

高校時代に倉橋由美子や大江健三郎といった現代作家の小説、江戸川乱歩や仁木悦子、佐野洋などの推理小説、寺山修司の短歌、そして中原中也や立原道造の詩なんかを、それこそむさぼるように読んでいたぼくは当然のように日本文学を専攻した。
それと同時にフォークソング同好会という40人ぐらいのサークルにも入った。

ストーンズやゼップ、ニール・ヤングあたりの音楽が好きだったのに、ぼくがそこで歌ったのは高田渡や友部正人といった人たちのカヴァーだった。
かれらの(曲はもちろんだけれど)やはり詞に惹かれた部分が大きかったと思う。
おなじURC からデビューした"はっぴいえんど"にもすごく惹かれた。
大瀧詠一や細野晴臣の音楽性、鈴木茂のギターの舌を巻くうまさ、そして松本隆の書く詞にもそれまでにない新しさと純文学に通じる深さを感じた。

だからキャラメル・ママが全面的にバック・アップする荒井由実に注目したのはごく自然の成り行きだったのだが、翌74年になると「やさしさに包まれたなら/魔法の鏡」、「12月の雨/瞳を閉じて」という、いまでもユーミンの人気曲の上位にランクされる2枚のシングルがリリースされて、ラジオでオンエアされる回数もずいぶん増えてきたのだった。

2年生のときの学園祭だった。
ぼくは学食の2階のロビーで行われたレコード・コンサートを聴きに行った。
そこでスプリームスやギルバート・オサリヴァンといったポップスに交じってリリースされたばかりのユーミンのアルバム『MISSLIM』から数曲が紹介された。
ロビーには秋の陽射しがあふれていて、DJ をしている髪の長い女の子をあかるく照らしていた。
彼女はおなじ日文の1年生の女の子だった。
それが、ぼくがユキを見た最初だった。

2nd アルバム『MISSLIM』は1974年10月5日のリリース。
タイトルは、当時痩せていたユーミンを呼んだ「ミス・スリム」をつづめて創った造語、という話を聞いたような気がする。

   
   (今回の帯のコピーは「荒井由実の世界!! 第2弾、鮮烈に登場!!」というものだ)

ジャケットはモノクロの写真をあしらったシングル・スリーヴで、『ひこうき雲』よりさらに落ち着いた印象だ。

   
   (左下にはALPHA MUSIC のロゴがある)

インサートの歌詞カードは表紙にユーミンの描いたモノクロの絵を載せただけのごく質素なものだ。

   

ALFA MUSIC はともかく、販売元の東芝EMI1st アルバムの売れ行きに納得せず、あまり予算をつけなかったのではないかという感じもするが、実際はどうなのだろう。
なお、4ページの歌詞カードの最後のページには「We Believe In Music」と1行書かれているだけである。

キャラメル・ママをバックにした「荒井由実」時代を第1期と規定するならば、『MISSLIM』は2nd アルバムにして第1期の最高傑作だと思うがどうだろう。
基本的には1作めの延長線上にあるのだが、1st と違ってユーミン自身がピアノを弾いていないから、アレンジにかんしては自由度が増しているし、山下達郎をコーラス・アレンジに迎えてポップな感触がさらに増幅されている。
ゲスト・ミュージシャンとしては前作に引きつづき駒沢裕城がペダル・スティール・ギターで参加しているほか、曲によってはアコースティック・ギターに吉川忠英(表記はまだチュウエイではなくタダヒデ)、瀬戸龍介、パーカッションに斉藤ノブ(表記はまだノブではなくノブオ)、コーラスには山下達郎、大貫妙子、吉田美奈子、矢野顕子(当時はまだ鈴木顕子)というすごいメンバーが顔を並べていて、それだけで興奮していまう(笑。

   
   (曲ごとの詳細なパーソネルが記載されたバック・カヴァー)

オープニングに置かれた曲はそのアルバムのトーンを決定するのに重要な役割を果たすから、ほんとうはA-1「生まれた街で」に触れたいのだが、なにしろこの10曲のなかから3曲を選ばなければならないので、泣く泣く割愛(笑。
間奏の鈴木茂のストラトがすばらしいB-3「たぶんあなたはむかえに来ない」、「4年前に はじめてきいた」というから16歳、高校1年生のユーミンの感受性の繊細なふるえが感じられるB-4「私のフランソワーズ」、とても19か20歳の少女の書いた歌とは思えない深い悲しみと愛の怖れが、瀬戸龍介のギター(左ch)とマッタカさんのピアノ(右ch)だけで表現されるB-5「旅立つ秋」など、とにかく名曲ぞろいだけれど、けっきょく選んだのはつぎの3曲。
 
A-3 やさしさに包まれたなら

いまの若い人たちには『魔女の宅急便』のエンディング・テーマとしてのほうがおなじみだろう。
アルバム・ヴァージョンはシングル・ヴァージョンとちがってアコギのイントロで始まるやや速いテンポのアレンジだ。

小さい頃は神さまがいて
 不思議に夢をかなえてくれた

例によってキリスト教的なイメージを想起させる歌詞。
「きっといえる」もそうだったが、この歌詞からも彼女がなんの屈託もなく伸び伸びと少女時代を送ってきたことが伺える。

こういう幸福感に満ちた歌詞は、ある人々には郷愁となりある人々には憧憬となりうるだろう。

そして
雨上がりの庭で くちなしの香りの
 やさしさに包まれたなら きっと
 目にうつる全てのことは メッセージ

ひとつひとつはじつに具体的でありながら、全体的にはとても抽象的なイメージということもこの詞の特質だ。

たとえばこれを恋愛の歌詞と読むこともできるし、当然そう読まないこともできる。
さまざまの読者は、それぞれのシチュエーションに合わせてこの歌詞を理解することができる。

あかるい自己肯定感と幸福感、そして具体性と抽象性の巧みな構成、こういった歌詞を書けるのはユーミンの類まれな資質によるものだろう。

瀬戸龍介の12弦ギター、忠英さんのアコギ、コマコのペダル・スティール、シゲルのエレキ、というギターを中心にしたアンサンブル。

とくにコマコのペダル・スティールはとても魅力的で、
「…静かな木洩れ陽の/やさしさに包まれたなら…」
の部分のオブリガードやエンディングが印象的だが、
心の奥にしまい忘れた/大切な箱…」
のあたりでヴォーカルに寄り添うように奏でられる繊細な美しさも傾聴に値する。

A-4 海を見ていた午後

じつはユーミンの歌詞を読んで、こいつはただ者じゃないと思った最初がこの曲だった。

小さなアワも恋のように消えていった

ここでは喩えるものと喩えられるものが逆転している。
ふつうなら「恋も(ソーダ水の)小さな泡のように消えていった」というべきところだ。
ソーダ水の泡がすぐに消えることはだれでも知っているから。

ところがこの歌の世界では「恋とはすぐに消えてしまうもの」という前提があって、ソーダ水の泡がそれに喩えられているのだ。
いったいどこにそんな認識をもつ20歳前後の少女がいるというのだろう!

静かなキーボードとほとんどデュエットのように歌われるこの曲だが、パーカッションがじつに効果的に使われている。
最初から右ch で小さく鳴るタンバリン、「山手のドルフィンは…」のあたりから左ch に繊細に入ってくるトライアングル、間奏から出るボンゴ。

ユーミンは歌唱力がない、とよくいわれるし、それは本人もわかっていたから最初は作家志望だったのだろうけれど、
紙ナプキンには インクがにじむから
 忘れないでって やっと書いた

のあたりではその歌唱力のなさを逆手にとって(笑)、囁くような震えるようなヴォーカルを聴かせるあたり、正隆さんのアレンジは冴えわたっている。

B-2 魔法の鏡

このアルバムには失恋の歌が4曲も収められていて(「12月の雨」なんてあんなにあかるいしシュガー・ベイブのコーラスもドリーミーだけれどやっぱり失恋の歌だ)、この曲もそのなかのひとつだ。

魔法の鏡を持ってたら
 あなたのくらし映してみたい
 もしもブルーにしていたなら
 偶然そうに電話をするわ

マッタカさんの弾くピアノとフラマン(よく合奏で使われるバックが膨らんだのではなくてフラットなマンドリン)とがじつに効果的に、この曲の切ない感じを醸し出している。

そしてぼくはレコード・コンサートでこの曲をかけたユキのことがなんだか妙に気になり始めていたのだった。


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ouichi

遼さん、こんばんは。
偶然にも僕も大学生のとき初めて聞きました。
3曲とも思い入れがあってソラで歌えるほどですね。
詩と曲がもうこれしかないって言うぐらいマッチしていて
ドキドキしたものです。
なかでも『やさしさに包まれたなら』は強烈でした。
神様がユーミンを操って作らせたんじゃないかなぁって
言うぐらいの感動がありました。
現在の音楽みたいにたくさんメロディが
積み込まれてるわけじゃないんだけど
何度聞いても色褪せないもので...。
またあらためて聴いてみましたが、そう思いました。
by ouichi (2008-02-23 22:47) 

MASA

私が初めて聴いたユーミンのアルバムがこれで、かなりの衝撃度でした。天才だと思いましたね。そんな自分の主観を抜きにしても、このアルバムが荒井由美時代はもちろん松任谷時代を含めてもユーミンの最高傑作だと思います。

私が3曲選ぶとしたら、う〜ん、かなり難しいけど「12月の雨」「私のフランソワーズ」「瞳を閉じて」ってことかなあ。
遼さんが選んだ3曲ももちろん捨て難いですけどね〜。
by MASA (2008-02-23 23:40) 

parlophone

ouichiさん、いつもありがとうございます。

>偶然にも僕も大学生のとき初めて聞きました

おお、そうなんですか!
いろいろなサイトを見ても意外に男性のファン多いんですよね。
当時はユーミンのファンって圧倒的に女の子が多かったんですが。

>神様がユーミンを操って作らせたんじゃないかなぁって

うまいこというなあ!
ほんとにそんな感じですね~。

>何度聞いても色褪せないもので...

ほんとですよね。
そのへんの流行歌との違いがはっきりしてますよね。
ぼくも今回記事を書くためにそれこそ何十年ぶりにきちんと聴き返したんですが、やっぱり名盤です!
by parlophone (2008-02-24 00:08) 

parlophone

MASAさん、どうもです。

>私が初めて聴いたユーミンのアルバムがこれで、かなりの衝撃度でした

ぼくはこのころジャズのアルバムばかり買っていたので、友人のLPをカセットにコピーして聴いてました。
そのころはマイルズやブラウニーに夢中で、だんだんあとからジワジワとユーミンのすごさがわかってくるという感じでしたね。

>「12月の雨」「私のフランソワーズ」「瞳を閉じて」ってことかなあ

「12月の雨」も「私のフランソワーズ」も捨てがたいですね~。
「瞳を閉じて」は長崎の高校の校歌として作られたって最近知りました。
いや~、すごい才能ですね。
ラジオ番組にリクエストが来てさらさらっと書いちゃうんですから@o@
by parlophone (2008-02-24 00:17) 

bob

こんにちは
「MISSLIM」の由来はそういうことだったんですね。

僕も当然「ユーミン=荒井由実」の世代です。
ベスト物なんかでいろいろ聴きました(今でも)が、
ピカイチは今回取り上げられた「やさしさに包まれたなら」。
最初はシングル・ヴァージョンに馴染んでましたが、
このテンポの速いアルバム・ヴァージョンもいいですね。

>「小さい頃は神さまがいて
> 不思議に夢をかなえてくれた」

この部分だけで充分やられてしまいました。
by bob (2008-02-24 14:48) 

parlophone

bobさん、どうもです。

>「MISSLIM」の由来はそういうことだったんですね

そういうのを読んだ記憶があるんですけど、どこかに書いてないでしょうかね。

>ピカイチは今回取り上げられた「やさしさに包まれたなら」
>最初はシングル・ヴァージョンに馴染んでました

シングルのちょっとゆっくりめのピアノ・ヴァージョンのなかなか素敵でしたよね。
それにしてもまったかさんはほんとうにピアノがうまいなあ。

>>「小さい頃は神さまがいて
>> 不思議に夢をかなえてくれた」

>この部分だけで充分やられてしまいました

こんな詞を書かれちゃあ職業作家もかたなしですね。
おそらくすげえ子が出てきたなって思った作家もいたんじゃないでしょうか。
いずれにしてもいまはこういう才能のある人、なかなか出てきませんね。
by parlophone (2008-02-24 21:45) 

DEBDYLAN

実はYUMINGって殆んど聴いてないっす^^;

若かりし頃、コレを彼女の曲をBGMにイチャイチャしてるカップルを思いっきり毛嫌いしておりまして・・・(苦笑)

YUMIGに罪はないんですが・・・^^;

そんな彼女の曲の中で好きな曲が
「やさしさに包まれたなら」です。

この歌詞、娘にこんな気持ちのまま成長してほしいな。
なんて親バカになります(笑)

by DEBDYLAN (2008-03-01 22:15) 

parlophone

DEBDYLANさん、nice!&commentありがとうございます。

>彼女の曲をBGMにイチャイチャしてるカップルを思いっきり毛嫌いしておりまして・・・

ありますよね、こういうこと。
そのアーティストには責任がないのに、それを聴いてる連中がイヤ!ってやつが。

>「やさしさに包まれたなら」…この歌詞、娘にこんな気持ちのまま成長してほしいな

ほんとうですね。
Yuming は老舗の呉服屋さんのお嬢さんで、50年代前半生まれということもあるのかもしれませんが、じつに素直に育ってますね。
もう3~4年まえだったら全共闘世代ですから、もうちょっと視点が違っていたかもしれないと思います^^
by parlophone (2008-03-01 23:55) 

ノイ

遼さん ごぶさたです。
ひさびさにお伺いしたらミスリムのことが書いてある・・
わたしもキャラメルママからの興味で聴き始めて好きになりました
A面の頭の3曲は史上最強だと思ってます

自分のHPに先日(1/20の日記)初回オビのことを書いたばかりだったのでちょっとびっくりでした

by ノイ (2008-03-02 13:16) 

parlophone

ノイさん、こちらこそご無沙汰してます。
さきほとノイさんの記事読ませていただきました。
初回帯はあんな地味な帯だったんですね!
まったく知りませんでした(←てか、当時レコードショップでは見てたんでしょうけどまったく記憶に残ってませんでした)
帯裏に『ひこうき雲』と『MISSLIM』しか載ってなかったので、すっかり騙されたなあ~(笑。

>わたしもキャラメルママからの興味で聴き始めて好きになりました

やっぱり(笑。
当時の男子はきっとそういう人が多かったんじゃないでしょうか。

>A面の頭の3曲は史上最強だと思ってます

おお、「生まれた街で」「瞳を閉じて」「やさしさに包まれたなら」ですね。
とにかく『MISSLIM』はどこをどう切り取っても名曲ばかりですね。

by parlophone (2008-03-02 22:32) 

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