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追悼:ダン・フォーゲルバーグ [追悼]

ダン・フォーゲルバーグが前立腺ガンで亡くなったのは1週間まえのことだった。
8月22日にSony Music からリリースされた紙ジャケ『フェニックス』の天辰保文の解説で闘病中であることを知ってからわずか4か月。
ぼくにとってはほんとうにとつぜん齎された死の報らせだった。

     

ダンのオフィシャル・サイト Dan Fogelberg.com によると、12月16日付で

Dear friends,

Dan left us this morning at 6:00am . He fought a brave battle with cancer and died peacefully at home in Maine with his wife Jean at his side. His strength, dignity, and grace in the face of the daunting challenges of this disease were an inspiration to all who knew him.

というコメントが載せられている。

ぼくは高校生のときにトルストイの『イワン・イリッチの死』という小説を読んで、キリスト教的な悟りというより仏教的な解脱に近い心境で静かに死を受け入れるイワンのすがたに、半ば感動しながら半ば信じられない思いを抱いたものだ。

ジーンのことばを疑うわけではないけれどわずか56歳(ぼくとそんなに違わない)、いかばかりか無念の死だったろうと思う。

追悼の想いを込めてきょうはやっぱりこの曲から始めよう。
『イノセント・エイジ』に収められた「懐かしき恋人の歌」という曲だ。

懐かしき恋人の歌(Same Old Lang Syne

昔の恋人に 食料品店で出くわした
雪の降るクリスマス・イヴのことだった
冷凍食品売り場でこっそり彼女の後ろに隠れて
彼女の袖に触れた

最初は僕の顔がわからなかったようだったけど
たちまち目を大きく見開いて
僕を抱きしめた拍子に財布を落とした
それから僕らは涙が出るほど大笑いした

二人で買い物をレジに運び
食料は合計されて袋につめられた
ふたりはそこに立ちすくみ
弾まない会話にばつの悪い思いをした

ちょっと飲みにいこうとしたけれど
開いてるバーは見当たらず
酒屋で6本パックのビールを買い
彼女の車の中で飲んだ

僕らは無邪気だった頃に乾杯し
現在に乾杯した
むなしい気持ちを超えようとしてみたけれど
お互いにどうしたらいいかわからなかった

彼女は建築家と結婚したと言った
とても大事にされてるの と
彼女はその人を愛してると言いたかったのだろうけれど
嘘はつきたくなかったのだろう

年月の流れは 君には優しかったんだね と僕は言った
その瞳も変わらない青さだ と
それでも僕にはわからなかった
その瞳に秘めたものが疑いなのか感謝の気持ちなのか

彼女は僕をレコード店で見かける と言った
きっとうまくいってるのだろう と
観客は天国みたいに素晴らしいけど
旅そのものは地獄みたいに最悪だ と僕は言った

僕らは無邪気だった頃に乾杯し
時間に乾杯した
饒舌に任せて 昔を思い出し
また過ぎ去りし懐かしの日々を想う

ビールは空になり 舌もくたびれ
話すこともなくなって
僕が車から出ようとすると彼女はキスしてくれた
そして僕は彼女の車を見送った

ほんの一瞬だけ 僕は学生の頃に戻っていた
そしてあの懐かしい 心の痛みを感じていた
家に帰ろうと引き返したそのとき
雪は雨になっていた・・・
                          
 (訳:吉成伸幸)

『イノセント・エイジ』の天辰保文の日本語解説も、同じようにこの曲の紹介から始まっているのでちょっと気が引けるのだが、いまから31年前のクリスマス・シーズンにダンが故郷のイリノイに帰ったときの体験を基にした歌らしく、それから4年後の年の暮れに全米9位まで上がるシングル・ヒットになった。

曲はアコースティック・ピアノの弾き語り、といったふうに始まる。
すぐにベースやドラムス、ストリングスやヴァイブといった楽器が入ってきてちょっとAOR っぽいアレンジになってゆくが、メロディはシンプルでどちらかというと歌詞をじっくり聞かせるタイプの楽曲だ。
詞がきわめて映像的なので、短編小説というより短編映画を見ているように緩やかにじわじわと感動が押し寄せてくる。
「食料は合計されて袋につめられ The food was totalled up and bagged
というのは、当然のようにふたりが夫婦だと勘違いされたということで、そのばつの悪さがふたりのあいだの時間と距離をあっという間に縮めていくようすなどは、ほんとうに秀逸なシークエンスだ。
そして最後にマイケル・ブレッカーのソプラノ・サックスによる抒情的なエンディングが用意されている。

 

『イノセント・エイジ』は1981年にリリースされたアルバムで、ぼくはその年代からもっとAORっぽい曲がたくさん並んでいるのを想像していた。
AOR が苦手で2枚組ということも手伝って買うのを躊躇っていたのだが、もっと早く買っていればよかったとほんとうに後悔している。

 

アルバムはアコースティック・ギターの鮮やかなカッティングをイントロにした「Nexus」という曲で始まる。
ドラムスやパーカッションが活躍する躍動的なリズムをもった曲で、ダンの弾くエレクトリック・ギターやシタールもすばらしいし、なによりさまざまなアンサンブルと厚いコーラスのなかからジョニ・ミッチェルのヴォーカルが浮かび上がってくるようすは感動的だ。

そしてM-2のバラード「The Innocent Age」で、早くもこのアルバムの凄さが伝わってくる。
バッファロー・スプリングフィールド、CSNY、ポコ、イーグルスとつづくウエスト・コースト・ロックの最良の部分をかれの音楽は受け継いでいるのだ。

考えてみればダンはマルチ・プレイヤーで、このアルバムでもギター、ピアノ、シンセ、エレピ、エレクトリック・シタール、ハンマー・ダルシマー、ベース、パーカッション、タンバリンなどを弾き倒しているから、デビュー当時のシンガー・ソングライター的スタンスから基本的なコンセプトは変わっていない。
しかもサポーテッド・ミュージシャンにはジョニやマイケル・ブレッカーのほかにも、グレアム・ナッシュ、グレン・フライ、ドン・ヘンリー、リッチー・フューレイ、クリス・ヒルマン、エミルー・ハリス、トム・スコット、ラス・カンケル…といった錚々たるメンバー(とくにウエスト・コースト人脈の人々)が名を連ねている。

このアルバムからはグレン・フライとデュオで歌った「風に呼ばれた恋」が全米8位、さらにもう1曲「バラに向かって走れ」が全米18位となるヒットを飛ばしている。

ダンの死が伝えられた12月18日、ぼくはずっとこのアルバムを聴いていた。

 

あらためてこころからご冥福をお祈りします。


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DEBDYLAN

ダン・フォーゲルバーグ。
職場に以前いた先輩が大好きで、よくCD聴かされました。
その先輩から借りてばっかいたんで、自分では1枚も音源持っていません。

僕はこの訃報、昨日タワレコへ行った時に何気なく目にしたPOPで知りました。
最近、ダンは聴いてなかったんですが、いろいろ思い出してショックを受けました。

心より、故人のご冥福をお祈りします。
by DEBDYLAN (2007-12-24 07:43) 

Mudslideslim

さびしいですなぁ・・・。R.I.P.
by Mudslideslim (2007-12-24 09:44) 

ouichi

遼さん、こんばんは。
懐かしき恋人の歌、素敵な歌詞ですね。
とても胸に響きました。
これまた知らないアーティストでした。
2枚組聴きごたえありそうですね。チェックしてみます。
ジャケは清らかだけど少し怖い感じですね。
by ouichi (2007-12-24 14:25) 

バックストリート

はじめまして。毎日拝読させてもらっております。
まだ若かった頃、職場の同僚にダン・フォーゲルバーグのマニアックなファンがいました。彼はディランやスプリングスティーン、ジャクソンブラウンやイーグルスもお気に入りだったのですが、ことさらダンに関しては別格扱いでした。その後、彼は公立高校の理科の教師の職を得て、今では音信不通です。
私といえば、「ホームフリー」、「アメリカの思い出」、「囚われの天使」、「ネザーランド」をアナログで所有しており、その内「ホームフリー」(輸入盤)は最初からキズ盤とだったので、今回の紙ジャケットCD化で思いきって買い直しました。多の作品も生産中止になる前に買っといた方が良いのかなと思っています。
by バックストリート (2007-12-24 19:28) 

parlophone

DEBDYLANさん、どうもです。

>昨日タワレコへ行った時に何気なく目にしたPOPで知りました

そうですか~。
ファンの店員さんがいたんでしょうね。
ぼくの行きつけのタワレコではまったく目にしませんでした。

ほんとうに残念ですね。
きょうもかれの作品を聴いて追悼したいと思います。
by parlophone (2007-12-24 20:26) 

parlophone

Mudslideslimさん、どうもです。

>さびしいですなぁ・・・。R.I.P.

ほんとうですね。
こころからご冥福をお祈りします。
by parlophone (2007-12-24 20:27) 

parlophone

ouichiさん、どうもです。

>懐かしき恋人の歌、素敵な歌詞ですね

素敵ですよね~、完璧な映画のワン・シーンです。

>ジャケは清らかだけど少し怖い感じですね

そうですね。
ダンらしい「イノセント・エイジ」というイメージなんでしょうね。
『囚われの天使』なんかも内容はすごくいいのに、ジャケットで損してる感じですね。
by parlophone (2007-12-24 20:42) 

parlophone

バックストリートさん、はじめまして。
いつも読んでいただいているそうで、ほんとうにありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。

>ディランやスプリングスティーン、ジャクソンブラウンやイーグルスもお気に入り

なるほど、ダンの音楽的成果が感じられる流れですね。
よ~くわかります^^

>「ホームフリー」、「アメリカの思い出」、「囚われの天使」、「ネザーランド」をアナログで所有しており

すごいですね。
今回の紙ジャケ、とてもよくできていると思いますので、手軽に聴けるCDとして手元に置いていくのには最適だと思います^^
by parlophone (2007-12-24 20:53) 

hamakaze_ataru

メリークリスマス

>『囚われの天使』なんかも内容はすごくいいのに、ジャケットで損してる感じですね。

それは言えてますね。内容はいいんですけどね。
ファーストはなかなか評価の対象にならないのも何となく
うなずけます。

イノセントエイジの解説、とても素晴らしかったです。
いろんな思いでダンフォーゲルバーグを聞いている方がいること
少し嬉しいです。

私ごとですが、事情があって今のブログは年内で閉鎖することになりました。遼さんのブログからは多くのことを学べ、ブログやって良かったって思いで一杯です。

必ず再開しますので、また仲よくして下さい。
本当にありがとうございました。
by hamakaze_ataru (2007-12-24 21:32) 

parlophone

メリー・クリスマス!大安さん。

>イノセントエイジの解説、とても素晴らしかったです

ありがとうございます。
こんなものでも喜んでいただけてうれしいです。

>私ごとですが、事情があって今のブログは年内で閉鎖することになりました

えーーっ!
いったい何があったんでしょう?
もちろん要らぬ詮索はやめておきますが、また再会できることを願っています。
こちらこそ大安さんにはいろいろな音楽のことを教えていただいてすごく勉強になりました。
なるべく早く戻ってきてくださいね!
心待ちにしてま~~すTT
by parlophone (2007-12-24 22:58) 

lonehawk

遼さん、こんばんは。
先日手に入れたクリスマスのコンピCDにも、「懐しき恋人の歌」が収録されていました。
他のアーチストがクリスマスのことを歌った曲は割と明るめの曲が多いのですが、ダンのこの曲だけは違う空気が流れているようでした。
実際の体験がもとになっているようですが、素敵だけと切ない風景を描いた詩の世界は本当に素晴らしいですね。

『イノセント・エイジ』の紙ジャケも既に店頭在庫のみのようで、ショップに取り寄せてもらってやっと聴くことができました。
歌詞カードを手にして繰り返し聴いています。
サックスで参加しているマイケル・ブレッカーといい、今年は訃報が多かったですね・・・。
by lonehawk (2007-12-25 01:07) 

parlophone

lonehawkさん、どうもです。

>先日手に入れたクリスマスのコンピCD…ダンのこの曲だけは
>違う空気が流れているようでした

たしかに(笑
にぎやかな曲調が多いクリスマス・ソングのなかでは異質に響くでしょうね~^^
それにしてもこの曲、やっぱりこの季節にぴったりですね。

>サックスで参加しているマイケル・ブレッカーといい、今年は訃報が多かったですね・・・

そういえばマイケルも今年でしたね…。
合掌。
by parlophone (2007-12-25 23:27) 

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